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January 30, 2005

東京タワー

気がつけば、東京の会社で働くようになって10年近くがたっている。

東京で働くということは、実にさまざまな可能性に満ちている。僕の関わってきた仕事—インターネットに関わる最新の技術の評価—を考えると、たしかに多くは東京にでなければできなかったことばかりだ。

その一方で就職してから出てきたことで、どうしても知り合いの幅も行動の範囲も限られてしまう。僕は、この土地に身寄りのない、いわば根なし草の身。
つねに気を張り続けている気はしていて、この無意識の緊張というものからは、ずっと抜け出せていないように思う。

ま、そんなこんなの思いをしながら、東京に居続けてきたことで得たささやかな醍醐味。その一つに、映画やTVドラマを見ていて、どこでロケを行っているのか、わかる場面が増えてきたということがある。
同じ土地に暮らしているのだから、実際に足を運んでみた経験もあったりして、ああ、ここだよ、俺知ってるよという気分に包まれる。

これが地元でキー局のドラマ見ていた頃は、遠い土地のよく知らないけど洒落たところ、という感覚しかなかったからなあ。

といいつつも、実際には映像を見て全ての場面がわかることはもちろんなく、それはごくごく一部にしか過ぎない。
比較的よくわかるのは、お台場六本木ヒルズ汐留など都内の有名スポットか、あるいは僕が生活したことのある鎌倉・湘南や横浜の周辺の風景だ。
でも、そんなシーンが少なからずあると、ああ、都会に暮らしているんだなあという事実を改めて実感する機会にはなる。


今回の東京タワーでも、 僕の知っている場所がいくつか登場していた。

たとえば冒頭で登場するFranc franc。あれは丸の内だろうけど、あそこの入り口を下りていくとFanc francの向いにCOOPERSって店がある。
12月に、そこで飲んだばかりなんだよね(なかなかいいところなので、オススメです)。
そういうのを見つけると素直に嬉しくなってしまう。ま、一人で映画見ているから、ここはどこだよって、とくに誰にも言えないのだけど…。

映画自体は、僕にとっては映画館でなければおそらく最後までは見ないであろう種類の映画だった。製作した人びとには申し訳ないけれど、部屋で鑑賞していたとしたら、だんだんとどうでもよくなって、途中で寝てしまう…そんな気がする。
考えてみれば、年上の女性と若い男子の恋愛のストーリー。そして女性が黒木瞳で、男の子が岡田准一。…どうにも共感しがたい組み合わせではないか。

不倫に走る女性の心なんて踏み込めないし、かといって岡田准一に肩入れしようにもこれも世界が違いすぎるわな。
何せ岡田君は、東京タワーが見える部屋にお住まい。まだ大学生の身の上なのに僕とそれこそ10倍くらい家賃が違いそうなおうちに住んでいるのだ。

結局のところ、これは覗いてはいけない世界だったのだ。たぶん。

ここに描かれたものは、いままで上野樹里山形弁萌え〜と言って満足していたのに比べると、真逆に位置するところのものなのだ。
このような映画を前にして、僕らにできることはただ一つ。自分が岡田准一に生まれなかったことを恨むしかない。…いや恨むというより、諦観すべきといったほうが現実に近いか。
(もし女性がご覧になっていたら、ただただ黒木瞳に生まれなかった不幸をお嘆きください)。

なのだ。
岡田准一は…彼は毒男の敵とは言わないまでも、いわば平行線のように存在するものである。ユークリッド幾何学が支配するこの世界において、彼らと僕らは決して交わることがない。のぞむとのぞまざるとに関わらず—。

ただ、おそらく多くの人が感じる平行線の距離を埋めるため、寺島しのぶを置き普通の主婦に近い感覚でのサブストーリーも描いてはいる。常識的世界とあり得ない世界の橋渡しだ。
実はそっちの物語のほうが面白かったかな。

それにしても、東京タワーというタイトルのわりに、ラストがエッフェル塔の土地だったことに、軽く文句をつけたくなった僕は間違っているのでしょうか…?


オープニングの主題歌、ノラ・ジョーンズの♪スリープレス・ナイトは落ち着いて、洒落た感じの曲なり。
これはgood!

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January 23, 2005

自由戀愛

WOWOWが、自由戀愛というタイトルで自主制作ドラマを放映したので、チェックする。
1月23日の日曜日の夜。

舞台は、大正時代。
主演は、長谷川京子。相方に、この前の北の零年でお目にかかったばかりの豊川悦司

ハセキョウというと、僕はこの人のルックスが素敵なのは認める(NTTドコモのパブリシティに魅入ってしまう)。
一方で、演技がうまいと思ったことはいままであまりない。
天は二物を与えたまわず、とはこのことか?
このドラマでも共演の木村佳乃に比べれば女優として遠く及ばないと思う。ただ配役として見ると、主役の明子を演じる人としては他になく適役のようには思えた。

それから、この風景。
ロケが行われたのは明治村だというのは、映像を見てすぐにわかった。

明治村といえば、愛知県で唯一と言っていい、全国に誇ることができる文化主体のテーマパークである。
愛知県は、ケチな県民性でこれまで経済の分野に投資を絞ってきたためか、文化の方面に関してはただただ貧弱だなあ、とかつて住んでいた時には思っていた。
犬山市で名鉄が経営する明治村は、そんな県内において数少ない文化の発信地。国内でもユニークな、野外展示タイプの博物館だ。

その明治村に、愛知県の人は必ず一度は学校の遠足で訪れることになる。定番スポットでもある。
僕も最後に行ったのは遠足だから、もう20年近く訪れていないことになる。しかし、子供の頃に見たものって心に焼き付いて残っているものだ。建物に見覚えがある。

なにより頻繁に登場した、帝国ホテル。これは明治村にある建物のなかでも、最も有名なものの一つだろう。
あと、住まいはもしかすると森鴎外邸じゃないか。ふむふむ
…なあんて考えてドラマを見ていると、ちょっと懐かしくなる。こんど帰ったら、久しぶりに行ってみるかなあ。

しかし地震を伏線に据えたのは、放映が阪神大震災10周年の時期だということを意識したのだろうか?

さてさて。

映画を見るたびに、その時々の周辺的な雑記も含めてまとめているのだけど、このところ婦警フェチだの、女子大生だの相次いでネタに取り上げてしまった。
しかしもし万一、僕がそんなことしか考えていないと思われると困る。人格が疑われかねない。もしかすると駅で髪型を整えようと思って、ふと手鏡を出したら逮捕されちゃうかもしれない。

そこで、たまには真面目な内容の話を書いておきます。
一期一会。

水野時朗さん。

その名前を目にした時、あっと思った。
昨年11月の朝日新聞。「国連、イラクに日本人派遣 法律顧問として活動へ」という記事だ。

 国連は18日までに、イラク暫定政府に選挙実施や新憲法制定、司法制度の整備について助言す
 る上席法律顧問として、国連活動の経験が豊かな水野時朗さん(58)を派遣することを決めた。

僕はこの人と、ほんの少しだけだけど、関わったことがある。

記事ではまったく触れていないけど、いまから10年半前のこと。
水野時朗さんは、愛知県で選挙に立候補したのだ。

水野さんは当時も国連職員だった。
その頃、愛知県では新間正次参議院議員の当選無効に伴い愛知選挙区の再選挙が行われることになった。
自社さ連立政権の与党陣営に請われ、国連を辞めて帰国し、立候補したのだ。
水野さんは名古屋の出身で、ご実家は天白区にあった。地元出身の国連職員。たしかに政党が担ぐ御輿として悪くない経歴だろう。

それはたしか、3党の連立政権が発足しての初めての国政選挙だったと思う。
細川内閣、羽田内閣と続いた連立政権で野党に転じていた自民党。それが政権に復帰するため、小沢一郎主導の連立政権のなかで疎外感を強めていた社会党さきがけを取り込む。そして、社会党委員長の村山富市を総理大臣に担ぐというウルトラCをやったのだ。
国民は、みな唖然とした。

その直後のことで、水野さんが立候補した選挙は、いわば呉越同舟の連立の支持を仰ぐ選挙としても注目されていた。

そして大学4年で就職も決まり余裕のあった僕は、当時知り合った社会党県本部の人に頼んで選挙期間中、その陣営でアルバイトをさせてもらったのだ。
(公職選挙法が改正されてボランティアが建前となったいまと違い、当時は選挙の手伝いをやるときちんとアルバイト代をもらうことができた)。

結果は、落選—。
後に新進党を結成する野党陣営が担いだ対立候補、元労働省の都築譲さんが当選した。
(ちなみに次点の水野さんに次いで第3位につけた候補が末広まきこさん。翌年の参議院選挙で当選することになる…ああ)。

ただ、僕が水野さんを印象深く覚えているのは、たんに選挙のアルバイトをしたからだけではない。
その後の話がある。改めてお会いする機会があったのだ。

その頃、毎日新聞中部本社は、地域面において学生が取材する連載記事を設けていた。「桃色珊瑚隊」と名付けられたその欄の、僕はライターの一人だった。
“桃色…”というとヒワイなことを想像する大人も多いが、もちろんそこにはそんな意味はない。およげ!たいやきくんの歌詞にちなんで、学生も広い海に飛び込み、それぞれの桃色珊瑚を見つけようという趣旨でつけられた題名だ。
(ちなみにその学生ライター集団には名大生の男子などもいたけど、椙山女学園大学はじめ圧倒的に女子大生が多かった…)。

その選挙の直後に取材のお鉢が回ってきて、僕はつねづね疑問を抱いていたを迷わずテーマに選んだ。
「落選した政治家は何をやっているのか?」

インタビューする対象は、もう言わずもがなだろう。僕は水野さんの実家を訪れた。

その時の記事は、こちらにアップしてある。

 落選のリスク背負う 政治家人生

この取材の時は、しばらくぶらぶらしながら身の振りを考えると答えていた水野さん。でもその後は結局、再び国連に戻ったらしい。それは人づてに聞いた記憶がある。
考えてみれば、僕は愛知県というローカルな土地にずっと育ってきた。そんななかで、国連というインターナショナルな仕事に就いてきた人と話をした初めての機会だった。その後も国際機関に働く人と関わることもとくにないし、いまから思うと貴重な取材だったと思う。

その翌年には、僕も就職してサラリーマンになった。
そうして、彼の名前を忘れて何年もたっていた。

イラク戦争—。
それは新聞やTVのニュースで見聞きしてなんとも言い難い感情を抱きながらも、しかし同時に遠い彼方にある国の出来事だ
そこで目にしたこの記事。かつて僕が直接家を訪ね、会話を交わした人が赴くとは。

もちろん水野さんは、僕のことなど覚えてもいないだろう。僕にしたところで、これまで経てきたたくさんの人との関わりのなかでは、ごくごく短かく小さな付き合いでしかなかったと言える。
でも、再び目にしたそのお名前に、少なからず感じたものがあるのは事実だ。
つくづく、一期一会という言葉の意味を、考えさせられてしまうのである。

きっと楽ではないお仕事だろう。僕は、水野さんの活動が実りのあるものになることを祈った。
(まったくありきたりではある。けど、だいたいにおいて人間の感想なんてありきたりなものだ)。

そしてこの記事から3ヵ月…。
報道を目にしている限りでは、イラクの情勢は益々悪化する一方のようだ。もう二度とお会いする機会はないのだろうけど、水野さんははたしてどこでどうしていらっしゃるのだろうか。

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January 16, 2005

北の零年

アンチ・ラストサムライの渡辺謙の姿を見た。

1月16日の日曜日の夜。本牧で鑑賞した北の零年

僕の狭い部屋の本棚に並ぶ本のなかで、読みかけて放ってある1冊に、池澤夏樹静かな大地がある。けっして小説がつまらないのではなく、時間がとれずなんとなくそのままにしているだけなのだけど…。
その「静かな大地」と同じく、明治初期、淡路から北海道・静内の地に移住した稲田家の人びとの苦労を描いた映画だと予告編で知った。それで足を運んだわけだ。

映画の主役、吉永小百合の相方を、昨年ラストサムライを演じた渡辺謙が演じる。

「ラストサムライ」では、新政府においても天皇への忠義を重んじ、武士道の論理で内乱を正当化する架空のサムライ(時代設定からするとモデルは西郷隆盛のはずなんだけどね…)。
一方こちらのサムライは維新後の混乱のなか、故郷を離れ未開の地に移住し、結果として新政府に騙され棄民された人びと。架空ではない、史実にもとづいた存在。

「ラストサムライ」では、武士道に殉じて死んだサムライ渡辺謙が、「北の零年」ではサムライを捨て、仲間と家族を裏切って姑息に生き延びる。
「ラストサムライ」も「北の零年」も、舞台はまさに同じ明治10年なのだ。

しかもラストサムライのモデル西郷隆盛が起こした西南戦争のために、人びとから馬や物資を徴用する新政府の木っ端役人となって現われる。これは、もしかして痛烈な皮肉を込めた設定なのかと見ていて思ってしまった。

それにしても、吉永小百合である。
あまりに凛としすぎ…。カッコよいのだ。

気になったところとしてこの映画は、吉永小百合を中心に登場人物が周りを取り囲む学芸会的シーンが多かった。わりと、一つのシーンで起承転結をおさめることが多いと思った。
殿が来て、帰って、絶望して、踊って、気を取り直して、がんばるとか。あるいは、馬を徴用に来て、いざこざがあって、怪我をして、馬が逃げて、役人が帰って、土を掘って、馬が帰って来て、大団円とか。
現実には数日にわかれて起きると思うのだけど。全部1シーンで起こる。

でもこればかりは重箱の隅をつつくような指摘に近い。
ま、映像表現の仕方としてはこういうのもありなのだろう。


最近のマイブーム(って、死語か?)。

それは、TVKである。テレビ神奈川
僕が住まう神奈川県の地域放送だ。UFHの42チャンネルになる。

なかでも絶妙に抜群に面白いのが、sakusaku
平日朝、7時半から放送されている。出演はいまをときめく20歳の木村カエラだぎゃ。そして謎の人形キャラ、増田ジゴロウ
毎回繰り広げられるジゴロウの辛口トークに早朝からはまってしまい、なんとなく見始めたのは2002年頃か。相方が木村カエラではなくあかぎあいだった時だ。

しかし、これがいったい何の番組なのかはよくわからなかった。
アパートの屋根の上とおぼしきセットに座って、木村カエラとジゴロウと、そしてゲストがトークするというスタイルがメインだし。
ただ、ゲストとしては突然一青窈が出てきたり、ローカル放送に似つかわしくない大物が登場するなあ、とは思っていた。

そしてgoogleでWebサイトを検索して知った。音楽バラエティー番組と銘打たれていたのだ。
なんと、sakusakuは、音楽バラエティーだったんだ。
道理で、最新の楽曲の紹介やら、アーティストがゲストとして呼ばれることが多いと思った。
疑問解決!

さて、もともと僕は、他の地方から就職のために首都圏に出てきた。いまは横浜市内に居を借りて住まい、毎日都内の会社に通っている。
平日はほとんど寝るためだけに帰り、かろうじて土日をぶらぶら過ごすだけの土地。
神奈川県に何の根っこもないだけに、困ったことに、この土地で起きているできごとというのがわからない。

そういうわけで、地域の情報を仕入れるために、FM横浜を聴く習慣を始めた。
(その以前は横浜ウォーカーなんか毎号買っていた。けど、三十路に入るとさすがに読者層から外れているのか、内容についていくのがつらい。もう何年か買っていない)。

それと同じように、TVKやマンションに入ってくるCATVのYOUテレビをぼーっと眺めていたりする時間をとる。根無し草の人間にとって、地域の情報を仕入れるのは打ってつけだ。
神奈川県に根ざしたメディアがあって、よかった。

このように親しみ始めたTVKだが、最近、sakusakuと並んでお気に入りとなるもう一つの番組を見つけた。
みんなが出るテレビだ。

これは、女子大生が神奈川の口コミ情報についてリポートするという内容の番組。
木曜日の夜10時からが放送時間で、あと金曜日の午前零時からも再放送されている。

僕は、むかしNHK教育で放送されていた土曜倶楽部が好きだったし、もともと名古屋をフィールドに学生メディアの編集に関わった。そんなこともあって、向こう見ずでちょっと上昇志向の若者が何かを企画したり、考えて行動する、そういうスタイルは嫌いではない。

加えて、女子大生である。

おお。

女子大生なのだ。
そういえば、最近まわりにいないものが女子大生なのだ。

思えば僕も大学生の頃には、あえて意識しなかったんだけど、女子大生の友達はたくさん存在していた。
その当時、女子大生は、ふつうに会話をする相手だった。飲みにも行けば、映画やドライブなどでご一緒もした。でも、いまはいない。
いったい彼女たちはどこに消えてしまったのか?

ま、大学時代に女の子の友達を作れば、それはみんな女子大生の友達…あまりにもあったりみゃあだ。
しかし、気づけばその当たり前だった環境が遠い彼岸の彼方なのだ。そうなって久しい。
(なんと、かつて女子大生だった僕の友達たちは、負け犬と称される世代になりつつある…。いや、自分もね)。

…思うに、彼女たちは、人生に一瞬関わって過ぎ去る存在なのだ。そう、いわば、一つの風だ。
(なんじゃそりゃ)。

その風のように過ぎ去った存在が、TVKの「みんなが出るテレビ」に、いた。
僕は懐かしいまなざしで、ブラウン管を眺めている……( = =) トオイメ
(おいおい)。

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ドリーム・キャッチャー

血液型性格診断が、実のところあまり好きではない。

いや、どちらかというと嫌いだ。
なぜなら、それが近い将来、差別の構造に発展するおそれがあると思えてならないからだ。

かつて森永が、血液型別に客の行動をデフォルメしたCMを放映したのをご記憶の方はいるだろうか。僕はいまでも覚えている。
「優柔不断で客という意識がない。A型は思い切って買え! 森永ハイチュウ
というフレーズ。

一生忘れないだろう。

生まれついて持っている、選択のありようがなかった身体の属性の一つ。目に見えず、感じることもないもの。
それをもとになぜ、こんなことを言われないといけないんだろうか。そう思った。
しかもそれが公共の電波に堂々とのって、数知れない多くの人びとのもとに届けられる。そこにいったい、どのようなデリカシーがあるというのだろう。
僕はたしか、まだ10代の半ばだったと思うけれど、強烈に腑に落ちないものを感じたのだ。

大学の時、「血液型と性格」の社会史という書に出会った。
サブタイトルに「血液型人類学の起源と展開」と掲げたその書は、まさに僕の疑問を解き明かす書だった。なんと4,500円もして、学生の身としてはかなり高価な1冊だった。
しかし僕は奮発して購入し、その書を読み込んだ。

いまはうろ覚えながらその内容を記すと…。
血液型に注目が集まるようになったのは第一次世界大戦から。戦争で怪我人がたくさん出て、輸血の必要性が出て来たことで、血液型を把握する必要が出てきたのだ。
血液型と民族の気質を結びつけることは、当時からあったらしい。
ヨーロッパ人にA型が多かったことから、それが優秀な民族の証しとされた。その説が日本国内に紹介された時は、多少の波紋があった。比較的B型が多い日本人は、だからといって決して劣った民族などと思わないように、と注釈がなされたらしい。

その後、国内でも血液型と個人の性格の関係を唱える学者が登場したりして、人口に膾炙するに至ったわけだ。

ただ、この本はその後知人(同じ学科の後輩の女の子だったナ)に貸してそのままになってしまい、僕のてもとから離れてしまった。いまは絶版だし、もったいないことをした。かえすがえすも残念だ、ああ。

いずれにせよ、そんな本を読んだこともあって、血液型で性格がわかるという信仰を僕は全く持ち合わせない。
だから血液型を聞いて性格と結びつける会話も、自分から切り出すことはない。

それでも、飲み会に参加したりすれば、必ず1回は血液型の話題が出る。
あああ。
信者でない人間が他人の信仰を聞かされる。それは、愉快とは言い難いものだ。
だからといって、その場でむやみに否定するのもせんない。いまでは信者のほうが多数派なので、共通の話題としてそれなりに盛り上がる。
その空気のなかであえて理屈を述べるというのは、機微に欠けたふるまいだろう。

座をしらけさせてもしょうがないのだ。長いものには巻かれろ。
その時間、適当にやり過ごして、別の話題に移るのを静かに待つ。

やれやれ。

ただ、最近は血液型性格診断という信仰の流行に、ちょっとさざ波もたっているらしい。
BPO(放送倫理・番組向上機構)が、血液型を取り上げたTBSのTV番組について、視聴者の意見を受けてTBSに回答を求めることになった。その意見と局側の回答が掲載されている
変化へのきざしになれば、よいのだが。
朝日新聞の記事も参照のこと)。

さて、日曜日。

家でだらだらしている時に、TVをつけたらWOWOWにてドリームキャッチャーが始まるところだった。そのまま見てしまう。

なんとも言い難いテイストの映画だったけど。前半は何の映画かという気もしていたけど、途中から宇宙人の侵略ものだということがわかる。スティーブン・キングサインといったところかな。

しかし…地球破滅の危機を目前にして銃撃している元上司と部下って…この2人はいったい何考えているんじゃ?

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January 09, 2005

僕の彼女を紹介します

これは、制服フェチ、婦警フェチのみなさんには、たまらない映画だろう。
他でもない、僕の彼女を紹介しますのことです。

1月9日に、新宿の映画館にて鑑賞した。

猟奇的な彼女の主演女優だったチョン・ジヒョンが、この映画の主役。監督も同作品の人ということだ。
このチョン・ジヒョン、僕は猟奇的な彼女でもスクリーンに釘付けになってしまったんだけど、とってもキュートなルックスの女優さんなんだよね。今回も、街角で“ボクカノ”のポスターを見つけると僕は思わず魅入ってしまう。

それでいそいそと映画館に足を運んだわけだ。

すると、映画館のロビーで、「83パーセントが泣いた」と宣伝文が掲げられていたのが目に入った。
そして懸念を感じた。
もしかすると俺は、少数派—涙を流さない残りの17パーセントに入ってしまうんじゃあなかろうか。

…案の定、その通り。
泣かなかったヨ……_| ̄|○

ま、僕は男だから、もともと公衆の面前で涙を出すように育てられていないというのもあるんだろう。映画を見ていて、たしかにこのシーンは泣くべきなんだろうな、というのはわかることはわかった。

だけど、ストーリーの展開が僕にとっては今一つだったんだよなあ。

僕があまり好きではない奇跡を前提とした物語だというのは置いとくとして、でもその奇跡のシーン以外の、リアリティがあるべき物語の展開に必然性が薄い。というか無理が多い。一言で言えば強引ということです。

そもそもこの婦警さん—ヨ巡査は、冒頭からなぜあんなに無鉄砲なのか。その説明もないよね。猟奇的な彼女のイメージを引き継いだだけなんだろうけど、それは別の作品だしなあ。
なんでこの彼氏を好きになったのかも、見ているだけではよくわからん。
なにより、問題なのはラストシーン。このオチはちょっと許せないものを感じたよ。おいおい、と思ったのは僕だけ?

なのだ。

しかしながら、この映画の僕にとっての本質は、ストーリーとは別のところにある。
はっきりいってストーリーはどうでもよかったのだ。
展開が変だと突っ込むのは野暮だし、涙を流さない17パーセントに入ったからといって人間としての大切な何かが欠けているのでは…と悩む必要もない。

もう、何も考えずに婦警姿のチョン・ジヒョン、そのかわゆいお姿を拝められればいい(実際、そんなカメラワークばっかりだ)。
それで2時間、萌え〜の気分に浸って満足を得る。映画館に足を運んだ時間とチケットに払った代金については、十分元をとれるというものだろう。

そのような観点で、お勧めです。
いやあ、やっぱりたまらんわなぁ…制服姿の婦警さんとデートって。。。( ;´Д`)


ところで、この3連休は、ただそんな妄想だけを抱いていたわけではない。
主に費やしたのはもっぱら執筆と編集(僕の生活としては、例によって例のとおりではあるんだけど…)。

というのは、今年の3月頃をめどにまた技術書を出す予定になっているのだ。
昨年10月に、企業向け無線LANの設計ガイドを出版したところなのだけど、こんどは他の技術者たちと共著で、企業オフィス向けのソリューションを網羅的に解説した本を出版する。
僕は、その編集担当である。

正直に言って、勤務時間中に編集作業をやっている余裕はない。
ということで三十路独身の気ままな身の上、休日を24時間自由に使える生活なので連休を費やしているわけだが。
一人で黙々と作業をしていると、だんだん暗い気分になってくる。

だから感覚的に楽ではないんだけど。ただ、それを引き受けること自体が嫌かと問われれば、そうでもない。

もともと僕は、かつて学生メディアの編集に関わった身だ。週刊誌や新聞にも縁ができて、それらの紙面のために取材して記事を書いた経験もある。
その後の就職活動の結果、技術をなりわいとする企業に入社した。そしてそこで10年働いてきた。10年経って、またもとの得意分野に戻って来たかなあ…というのが正直な感想。

ま、かつて作っていた学生雑誌よりも発行部数の少ない、専門的な技術書に過ぎないんだけどね。
それでも、できるだけ多くの人に執筆者の伝えたいことが届くよう、文章を加工する。できあがる書籍を想像して構成を考える。
これらは、僕にとってはかなりやりがいある作業なのです。

世の中現金なもので、本ができて友人と飲みに行くと、原稿料いくら入るんだとか、おごれとか、そんな話にしかならない(ホント、文字通り現金な話だ)。
ので、このブログに本を作ることの醍醐味というのを、ちょっと書いてみた。

唯一、締切りという時間的制約がなければいいのだけど。
しかし締切りがなければなんも手をつけんわけだしなー。

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January 04, 2005

スーパーサイズ・ミー

双子で有名になった名古屋のおばあさん、きんさんとぎんざん。
この二人は、実はむかしは双子ではなかった。しかも、一人だったという事実は、知られていない。

そしておばあさんの名前は、きんさんでもぎんさんでもなく、どうさんだった。

ある日、どうさんの家族が、どうさんと一緒に道を歩いていた。

どうしたことか、どうさんがよろけた。そして、道の横にあった池に落ちてしまった。あれよあれよと沈んでいくどうさんの姿。
家族はあわてた。大切なうちのばあさんが、溺れてしまう!!

家族が途方に暮れていると、突然、池のなかから女神が現れた。
そして家族に尋ねた。

「あなたが落としたのは、金のおばあさんですか。それとも銀のおばあさんですか」

家族は答えた。
「いいえ、うちのはどうさんです。」

女神は言った。
「正直でよろしい。では、このきんさんとぎんさんを差し上げましょう」

こうしてどうさんは姿を消し、家族は代わりにきんさん、ぎんさんと暮らすことになった。
その後、正直ものの家族は、女神からもらったきんさん、ぎんさんでガッポリ稼いで、大金持ちになったという。

…という小話を、僕はきんさんぎんさん存命中に考案し、まわりの友人たちに語っていた。
これ、きんさんぎんさんが亡くなってしまったいまとなっては、いま一つ面白さが理解できないかもしれない。

ところが実は、きんさんぎんさんが現役だった頃にもこの話は、
「なんじゃそりゃ、面白くない」
と言われていた。

ただ、それだけ。

僕のセンスを推し量ることができるというものである。

お正月なので、こんなたわいもない話を書いてみたくなったのだ。

さて、前回も書いた通り、今年は年末年始が短い。
4日が仕事始めなので、車で帰省して3日に戻ってくるとする。確実に渋滞に巻き込まれる!
…そう考えて、実は4、5日はお休みを入れさせてもらっていた。

そうしたところ、なんと大みそかは雪が降って東名高速道路が凍って通行止めになってしまい、元旦になってもそのままだった。
しかたがないので、元旦に新幹線で帰ることになった。
…まあ、日本のなかでも高速道路も新幹線もある地域に生まれたというのは、すごく幸運なことだと言えるのだろうけど。

ただ、電車で帰った場合にいつも困るのは、地元での足がないということ。
というのも、僕の実家は、市街地からかなり離れた農村エリア(…といってもいまはみんなサラリーマンだが)にある。最寄りの名鉄の駅までバスで30〜40分かかる。
車がないとスーパーにも喫茶店にも郵便局にも行けない。コンビニだって車で行く。そのような土地なのだ。
まったく、米国みたいなところだ。

おかげで今回の帰省中はすっかり往生こいてしまった。
で、何もできない以上長居していてもしかたがない。ということで3日の昼の新幹線で戻って来たのだ。
そのはずみで、4、5日はのんびり過ごす時間になった。…といっても、例によって締切りに迫られて原稿を執筆したりしているんだけどね。

4日の夜、映画を見に行った。今回鑑賞したのはスーパーサイズ・ミー

1日3食全てマクドナルドで食事をとり、それを1ヵ月続けたらどうなるか、というドキュメンタリー映画だ。

こういう体当たりものって、好きな人は好きだろう。
日本でも古くは、土曜倶楽部(NHK教育)や地球ジグザグ(TBS)、コメディで進め!電波少年(NTV)というTV番組があった。

ただ米国の監督作品の場合、一見コミカルな体当たりレポートを、たんにキワモノのレベルに終わらせない。それをちゃんとジャーナリスティックな内容に昇華させる作法をわきまえているらしい。
M.ムーアボウリング・フォー・コロンバイン華氏911などがその代表例というのは、言うまでもないんだろう。
反面、日本ではそういう作品作りって、ほとんど見ないように思う。マジメはマジメ、コメディはコメディでくっきりわかれる。…なぜなんだろうね。

スーパーサイズ・ミーも、それらの米国作品の系譜に連なる、ユーモアに富んだ、それでいてリアルな米国流ドキュメンタリーだ。
監督当人の無謀な挑戦の合間に、専門家へのインタビューを織り交ぜて話は進む。

印象的なのは、そうした専門家たちのコメントよりも、当人の体に起こる変化だ。
喜劇的なままマクドナルド生活が進んで行くかと思いきや、体に変調を来たし、本当にぼろぼろになっていくのだ。
そのさまは、痛々しいという形容詞がまさにふさわしい。

マクドナルドを食べ続けることが、こんなに痛々しい結果を招くことだとは気がつかなかった。ううむ。一見の価値あり。
でもま、もともと提供されている米国サイズが、トチ狂っていると言えるんだけどね。

描かれる主題とは裏腹に、スクリーンでビッグマックにかぶりつく姿を眺めるうち、ハンバーガーを無性に食べたくなってしまったのも、また事実である。

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