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May 21, 2005

ナショナル・トレジャー

世の中には飛行機嫌いという人たちが少なからずいて、乗るのが嫌でたまらないという声を聞くことがある。

たしかに人工の入れ物に乗って、高速で空に浮かんでいるというのは、感覚的に不安を招かざるを得ない状況だろう。エコノミークラスのあの狭い席に閉じ込められ、時には乱気流に巻き込まれたりしながら数時間を過ごすというのは、人を不愉快—時には苦痛にさせるに十分だ。

ただ、僕についていうとそういう感覚はない。むしろフライトのその何時間かというのは、楽しみな時間である。
狭い座席はさほど苦にならないし(座席は、予約の際にあらかじめ通路側を指定しておく)、また映画は無料で見られるし、お酒も飲める。キャビンアテンダントのお姿を拝して“萌え”も楽しめる(おっと、これは余計か…)。
そうしたものに飽きたら寝てしまうか、あるいは沈思黙考し、その時々直面しているさまざまなものごとについて考えをめぐらす。フライトの時間は、僕にとって落ち着いて考えをまとめるよい機会である。

1週間の米国出張。

IMG_1131今回は、ある無線LAN企業のテクニカルトレーニングとカンファレンスを受講した。米国に来て新しい技術の動向を聞くというのは、(英語わかんないんだけど)ネットワークエンジニアとして他にない刺激となる。
おかげでちょっとした新しいビジネス検討のアイデアも固まったし、日程のなかで当地にいる知り合いとも会えたし、外国に出かけたことでリフレッシュにもなって初めてゴルフもしてみたし(おっと、これはまた余計)。とにかくそれなりに意義あるものであった、と言えるんだろうな。

そんな思いを抱きながら、帰国の途につく。
機内で上映されていたのが、ナショナル・トレジャー
宝探しのアクション映画。主演は、ニコラス・ケイジフリーメイソンが隠したお宝の地図が、なんとアメリカ合衆国の独立宣言書の裏に書いてあるという。そこでその宣言書を盗み出すというお話。いやあこの荒唐無稽さ、よいねえ! やはりハリウッド映画はこうでないと。

それにしても、United Airlinesは今時スクリーンでの上映なんだね。座席にTV画面がついていないのにはちょっとがっくり。人の頭越しに、前方のスクリーンを凝視する。

さて、ナショナル・トレジャーは荒唐無稽な設定とは裏腹、なかなか素晴らしい映画であったよ。何が素晴らしいって、このお話、アクション映画なのに、人が死なないのですよ。これってかなり希有なことじゃないですか。
宝探しもののアクション映画の名作として、かつてインディ・ジョーンズという作品があった。あれは無実の人々がバタバタ死んでいくよね。

で、悪者が死ぬなら自業自得といえるけど、道案内をしていた現地人の首がすっぱり飛んだりするのは、あまり気分よろしくないものである。
というか、そういう映画を平気で量産して楽しんでいる米国人たちっていったい何者!?
親鸞上人は、善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をやとおっしゃった。悪者だって助けちゃうという教えもあるなかで、無垢の人々、善意の第三者が死んで行くことに彼らは不条理や道徳性の欠如を感じないのだろうか。と言いつつそんな映画を見に行って楽しんでいる時点で、僕も同罪だけどね。

最近見た映画で不条理だったのは、タイム・ラインのフランソワ君である。
過去に紛れ込んでしまった教授を、学生たちが、量子コンピュータの力でできあがったタイムマシンで探しに行くという、これも荒唐無稽な冒険もの。

フランソワ君は、その映画の脇役で、人がよくて気の弱い青年。過去に旅立つことを渋る彼を、仲間の学生たちはお前のフランス語の能力が必要なんだと説得して、無理矢理連れて行く。行き先は英仏百年戦争のただなか。
さっそく一行はイギリス軍に捕まって、名前を問われ、フランソワ君が名乗ったら、このやろーフランス人じゃないか、敵だ!!ということでさっくり殺されてしまう。
その後は不幸なフランソワ君など、はなからいなかったかのようにストーリーは展開。主人公の男女たちはあれやこれやと活躍して生き残る。そして、ラストには時代を越えた大団円のシーンが待っている。めでたくハッピーエンド…って、おいおい、君たちはそれでいいんだろうけど、フランソワ君のことはどうした。
あまりにひどい話だ。フィクションとはいえ、非常に心が痛む。

でも、ナショナル・トレジャーは死なない。
唯一、物語が佳境に向かう頃に階段を踏み外して穴ぼこの底に落っこちてしまう、運の悪い人がいる(悪者たちの仲間の一人だ)。まあ、こういう不注意による不幸な事故はふつうに生きていて起こりうるもので、当人やご遺族にとっては不条理なんだろうけど、とりわけ不自然ではないだろう。

ということで、人が死なないアクション娯楽作品ナショナル・トレジャーは、貴重な1本として文部科学省推薦にできると思うよ。
ストーリー展開もテンポよいし。気持ちのよいお話です。


200506051817000帰国してからのトピックス。
5月27日に、Bフレッツの開通工事があった。

引っ越したマンションの部屋には、LANの先行配線がされていた。そして、Bフレッツが契約できるようになっていたのだ。
そのことを知ってOCNを、移転と同時に契約変更、OCN光 with フレッツを申し込んでおいた(僕はメールアドレスブログはもう13年間も会員を続けている@niftyのものを使っているのだけど、アクセス回線についてはOCNを使っている)。
ところが手違いなどあって工事日がすんなり決まらず、調整の結果、結局5月の末に設定されることになった。

開通工事自体は、すんなり完了。というか、たぶんマンションの管理室でスイッチングハブにLANケーブルをさしているだけなんで、僕にでも十分できる作業なのだけど。この作業のために1ヵ月半近く待ったということになる。
これでしばし追い込まれていたダイヤルアップ生活とも、おさらばだ。

しかし自宅に光ファイバが届くというのは、職業として通信事業に関わる身としては少なからず感慨深いものがあるな。

僕が社会人になったばかりの頃、最新の通信技術といえばISDN
その時、既に未来の通信はFTTH(Fiber To The Home)になると語られていた。その当時は、2005年頃、月額1万円程度の10Mbpsの回線といった形で、家庭に光ファイバが届くことを目標にしていたと思う。
あ、ベースとなる高速通信のプロトコルは、ATM(Asymmetric Transfer Mode, 非同期転送モード)ね。

ブロードバンド革命の進展により、実際の2005年には、月額5,000円程度(集合住宅の場合ね)で、100Mbpsの回線が届くことになった。そしてプロトコルとしてATMは消え去り、IPオンリーの時代になった。
入社してたまたまLAN担当に配属されて、職場で先輩社員の方々と、「もしかして将来、家庭でもLANを使うようになるんですかねえ」「イーサネットを使った通信サービスなんてできないんでしょうか、いやまさか」と話していたのも懐かしい。

さらにさかのぼり、就職する以前の13年前の5月。2400bpsのモデムで初めてNIFTY-Serveに接続したことを思う…。

実に感慨深い。


それまでダイヤルアップで我慢していたいろいろことが、Bフレッツの開通によって再開できるようになった。
その一つとして、Japan-A-RadioをFMラジオ代わりに楽しむことがある。

いまの部屋では、PowerBook上でiTunesを使って再生する音楽を、無線LAN経由でミニコンポに飛ばして聴けるようになっている。アップルコンピュータ無線LANアクセスポイント、Air Mac Expressの機能を使う。

それでiTunesだと、CDから移した音楽を楽しむほかに、インターネット上に開設されている海外のラジオ放送も楽しむことができるようになっているんだよね。
Japan-A-Radioは、そのリストのなかにある、インターネットラジオ局の一つだ。

日本ではインターネットラジオは規制が多いので、結果iTunesのリストには海外の局しかない。
僕は、ほとんど日本のポピュラー音楽しか聴かないという軟弱リスナーなんで、海外のインターネットラジオが多数聴けてもあまり嬉しさを感じない。だけどある日たまたま、そのリストのなかからJapan-A-Radioを見つけてしまった。

これも外国の局なんだろうけど、ずっと日本のポピュラー音楽を流し続けているのだ。これはいい、ということでたまに聴くようになった。前の部屋ではADSL経由で楽しんでいた。
Bフレッツの開通でリスニング再開。つねに音楽のある部屋になるわけで、悪くはない。いいもんだ。

しかし不思議に思う。著作権処理はどうなっているんでしょうな、この放送は。
まあ現実に聴けて、楽しめているからいいんだけどね。

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