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July 29, 2005

姑獲鳥の夏

姑獲鳥って、「うぶめ」って読むんだね。最初、映画のタイトルを見た時は読めんかった。

姑獲鳥の夏

おどろおどろしい(読めない)タイトルと、どこかの雑誌のストーリー紹介にあった、妊娠20ヵ月の女、とかなんとかいう文言から…キャーッ、、怪奇! 妖怪変化〜なお話かと思っちゃったんだけど。

でも鑑賞してみたら、猟奇的な雰囲気はちょっと漂っているものの、いたってロジカルなお話であった。
(ちなみに、原作者の作家・京極夏彦さんには独特のファンが多数いるみたいだけど、僕自身はこの原作も含め、氏の小説には全く触れたことがありません)。


m1000_1ところで、話は変わるけど勤め先でNTTドコモのビジネスFOMA、M1000に触れる機会があった。

PDAの時代は終わった。
さようなら、PDA、とさるコラムに記して、最後の機種の使用を辞めたのは1年以上前のことか。
それまで、シャープ電子手帳、ザウルスシグマリオンCLIEと、10年間、7〜8機種にわたってPDAを使っていた僕であるが、結局、携帯電話で求めていた全てのことができることに気づいてしまったのだ。

そう、この小型情報デバイスを駆逐したのは、片手で簡単に操作できる携帯電話だった。親指大国の成立に伴って、手のひらで操作するPDAは駆逐されたのだ。

そんななか遅れて来たPDAとでも言える、M1000
とはいえ、このM1000は、はたしてPDAなんだろうか? それともスマートフォンと言うのがいまどきの呼び方なのか。

ま、PDAは死んだとかなんとか言っても、小型電子デバイスに弱いのはある種の男性に共通する性質。
僕の周囲にも少なからずM1000に興味を抱いている御仁が少なからずいる。
しかし! そんな方にこの製品の機能を正しく説明すると、たいてい「それじゃ〜」と言われてしまう。そのポイントをここで明かそう。

一つ目。「M1000は、iモード使えませんよ」。これだ。
これを言うと、10人中、8,9人はガックリくる。

そこでフォローする。「いまのFOMA端末はそのまま持っておいて、iモードを使いたい時はSIMを入れ替えればいいんですよ」

そして次に。
M1000のWebブラウジングは、パケ・ホーダイの対象にはなりませんよ。Webをガンガン見てたら“パケ死”します」。
“え〜。だめじゃん”。

これには、ちょっとフォローしようがない。まあ、あえて言うとすれば無線LANが使える、ってことかな。だからホットスポットを使ったり、家庭の無線LANにつないだりしている間は、通信料金は抑えられる。

そう、その無線LANだ。
m1000_2今回、M1000を渡されたのは無線LANの機能をテストするためだった。このむびろぐにも繰り返し書いているけど、職場での僕のミッションは無線LANの担当エンジニアってことになっているからね。

ということで、無線LANの設定画面を披露しよう。
M1000は、IEEE802.11bの無線LAN機能を搭載している。

まず、無線LANというか、その手前のネットワーク接続の設定の画面ね。
moperaについては、デフォルトで設定(プロファイル)が入っているみたい。ホットスポットとあるのは、NTTコミュニケーションズの無線LANサービスホットスポットに接続するために僕が新規に追加して作ったプロファイルだ。
無線LANの設定である。

m1000_3ネットワーク接続から無線LANを選んで設定を開いてみると…。

無線LANに触れたことのあることなら、おわかりでしょうか。IEEE802.1X認証に対応していて、LEAP、EAP-TTLS、PEAP、EAP-MD5の4方式に対応しています(しかし、EAP-MD5って無線LANでいまさら使うんでしょうか…脆弱性が指摘されているのに)。
この写真にはありませんが、TKIPの暗号化にも対応しています。IEEE802.1X認証ではなくて、WPA-PSKを設定することもできます。

ということで、このM1000、無線LAN端末として、まあそこそこ優秀なやつだってことはわかりますな。

m1000_4実際に手に持ってみると、こんな感じ。

ちょうど、ホットスポットに接続して——SSIDとWEPキーを設定して、Webブラウザ上からおなじみのログイン画面でホットスポットのID、パスワードを投入すれば難なく接続できます。設定はPCと何ら変わりません、——それで一般のニュースサイト(asahi.com)を閲覧しているところ。
一見してわかるのはフォントが綺麗なところ——そうですね、ちょうどMac OS Xの画面でWebを見ているような感じかな。ギザギザ感のないフォントのせいで、随分と読みやすく感じます。

m1000_n2102v手持ちのFOMA、N2102vと大きさを比較してみました。

ふむ。

あ。サイズ、重さについて記しておくと、そうですねえ。
手に持った感じでは、これまで慣れ親しんだ携帯電話の電話機よりは、ちょっとごっつい感じはすると思います。

そうそう、このM1000、もちろん電話もできますよ。あまりに当たり前の機能なんで、写真撮るの忘れていた…。
電話については、FOMAのW-CDMA方式だけでなく、GSM方式にも対応している。だから、国際ローミングサービスWORLDWINGを契約して海外に持っていけば、現地で日本の電話番号そのままで電話を使うことができる。
NTTドコモで同じような機能を持つ電話機は、他にはN900iGしかないんだよね〜(N900iGに関する以前のブログ

m1000_5最後に、このむびろぐも表示させてみました。
いかがなもんでございましょう?

パケ死”覚悟でお試しを!

ちなみにこんなWebサイトもありました。

M専まとめサイト
http://www2.atwiki.jp/m1000/

ということでM1000は、1日いじって予定通り返却。
ではまた。

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July 18, 2005

スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐〈日本語吹替え版〉

newsweek_starwarsダークサイドって、いったいぜんたい何?

目下ワールドワイドで話題になっている作品、「スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐」を観た。2005年の海の日のことだ。

それで、思ったこと。

評議会の議長(実は後で暗黒皇帝になる悪い奴)は、アナキンを懐柔しようとしてこうささやく。

「フォースの“暗黒面”を学べ……ジェダイからは無理だ」。

フォースの“暗黒面”(ダークサイド)。
うぉぉぉ、なんだかスゴそうだ。ア、アナキン〜。

で?

でで。
ででで。

で結局のところ、ダークサイドって、何なのさ。

スター・ウォーズはマニアックなファンも多く、世間にはかなりハマっている御仁も多そう。そんななかでこんな質問をしてしまうのは申し訳ない気もするけど。

残念ながら、スター・ウォーズの物語世界に、それほどのめり込んでいない僕。
抱いてしまった感想なのだから、しかたがない。
ダークサイドって何?

僕の脳みそが話を追った限りの理解によれば、アナキンは、フォースのダークサイドを求めて、ダースベイダー卿になった、ということらしい。

しかしもし、アナキンが行動で示したものがダークサイドというなら、ダークサイドというのは“思い込み”“勘違い”のことなのだろうか。

“勘違い”に走ったジェダイ。
(ジェダイというのは、スター・ウォーズの物語世界における、騎士みたいな人たちのこと)。

相当にイタい奴ってわけだ。
しかも、ライトセーバーを縦横無尽に駆使する使い手でもあり、周りの人にはけっこうな迷惑。斬られると本当に痛い。

まあ、あまり細かいこと考えずに、この映画はノリとフィーリングで楽しめばよいんだろうね。
きっと。


この海の日の3連休。まんなかの17日に、横浜の山下公園で国際花火大会があった。
例年の通り、僕は場所取りをしてのぞんだ。

この何年かは独身の友人も減ってきて、けっこう寂しい見物になったこともあった。ところが、今回は思いもかけず大人数となった。というのも友人が、彼の知り合いで日本にて働く韓国人の友人(とその友達)を誘ったからだ。

ということで日韓の男女数人とともに花火を鑑賞するという、ちょっと奇妙で、とても楽しい一夜となった。
聞いたところでは韓国には、日本のような花火大会はないみたいですね。喜んでもらえてなによりだった。

やっぱり、花火はいいよなあ。


ついでに、最近の時事について触れておこう。

小泉首相は、郵政民営化法案が参議院で否決されたら、衆議院を解散すると言っているらしい。
参議院で否決されて、衆議院を解散する。はたして妥当なのか、疑問の多いところなんだろうけど。ただ、それ以外の選択としてはあとは辞めるしかないわけだし、手がないんだろう。

僕には郵便局を民営化するのがはたして適切なことなのか、よくわからない。
ただちょっとだけ言うと、働く立場の問題として考えて民営化ってそんなに悪いものじゃないと思う。

僕自身がかつては巨大な公営企業として存在し、かなり以前に民営化された会社に勤める経験を持っている。
やはり民間に属してからのほうがいろいろ創意工夫ができたり、スピード感のある事業展開とかやりやすくなったんだろうなと思う。

もちろん、企業には光と影があるわけで、これまでに大規模なリストラも施されたりもした。
仕事で関わった人が働きがいを失ったり、違う分野に糧を求めて転じていく場面に立ち会う。そういう時期もあった。これは正直、応えるものだよ。

でも背景としては市場が飽和したり、新しい技術による競争が始まったり、周辺環境の変化があってのもの。そこは、民営化されたのが悪い、というものではないんだよね。

と、そうはいってもリストラに遭うリスクは民間のほうが高いのは摂理。働く立場として労働環境が大幅に変わることに不安感を抱いてしまうのは当然ではある。
だから公社の従業員のみなさんが、反対に回るのは理解できる。

そこはでも、上述の通り新しい会社になればこれまでにない取り組みができたり、創意工夫が通りやすくなったり、そういう機運も同時に広がるわけだ。
そのなかできっと不安感は払拭され、新しい働きがいも生まれるだろう。そう思って前向きにやってほしい…というのはいささか楽観的でしょうか。

それから、政治の問題としてちょっと思いを馳せると。
事ここに及んで、これだけの政治力が繰り広げられていて、それでいて法案が否決される。おいおい、これって前例としてよろしくないのでは、とは思う。

結果として日本のなかに手をつけられない“聖域”を残してしまうんじゃないだろうか。
内閣倒れて、公社が残る、のである。総理大臣が政治生命をかけても、形を変えられない国の組織が存在するって、いったいどういう意味を持つのだろうか?

もう、この問題に対して誰も大ナタを振るうことはできなくなる。それがはたして、よいことなのだろうかね。


解散になれば、後輩の熊谷君が岐阜4区から立候補することになるんだよね(以前のブログ)。
彼も、準備期間が短くこういう局面を迎えるのは大変だろう。けっこう心配だな…。幸運を祈ると同時に、少なくとも健康だけは保ってほしいと思う。

心身ともダークサイドに落ちないように。

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July 16, 2005

電車男

「あれって実話なんですかね」

ランチの際、電車男映画を見たことを話題にすると、返されたのが上のセリフ。

「さあ、どうだろう。僕は…」
これまでも何度となく繰り返して来た会話なのだけど、いまだにお決まりのパターンのごとく訊ねられる。そして僕は自分の見解を口にする。

ふむ…。

denshaotokoということで、電車男


2ちゃんねるスレッドが全ての始まりとなったストーリー、「電車男」。
最近はTVドラマも始まって、わりと好評らしい。

そのTVドラマ版「電車男」第1回の放映の直後。7月の海の日の3連休の初日に、僕は映画館に足を運び、映画版「電車男」を鑑賞してきた。

TVドラマのなかではエルメスは伊東美咲で、電車男は伊藤淳史である。これが映画は、電車男を山田孝之、エルメスを中谷美紀が演じている。

TVドラマの第1回を見ていると、ドラマの冒頭にエルメスと電車男の出会いのきっかけとなるで電車のシーンに、山田孝之らしき人物が一瞬出てきた。
あまりに唐突だったので、それがいったい何を意味しているのかその時はわからなかった。

ところが、映画を観たところ、映画にも同様の映像が挿入されていた。
ラストのスタッフロールが終わった後におまけのようについてくるワンシーン。そこには伊藤淳史の電車男が登場する。
つまり、TVドラマの予告編をクリップしていたのだ。

映画に予めTVドラマの予告編が組み込まれる。
なるほど、製作にテレビ局が入っているわけだし、映画とTVドラマはセットで考えられていたのだろう。
商魂たくましさの一つの実例なのかもしれない。いや、メディアミックスというのか。


それにしても、たいした人の入りだった。

今回、映画館としてはTOHOシネマズ川崎に出かけた。
公開から既に何週間かたっているのに関わらず、劇場はほとんど満席に近い状態だった。

こういう光景を見ると、ついつい考えてしまう。

どういうことを考えるかというと、こんなことだ。

この電車男、ストーリーそのものが一つの奇跡みたいなもので十分に魅力的な物語だ。
だけど、こうなってくると別の側面として、人口に膾炙し消費の土台に載っていった過程のほうに不思議なものを感じてしまう。

つまり、2ちゃんねるのスレッドから始まって、一部のネットユーザーの間で盛り上がりを見せ、そこに一般メディアが着目し、漫画、映画、ドラマといった大衆も消費できる形式に次々と変換されていく。
その過程のことだ。

僕には、この過程そのものがたいしたものだよなあと感じられる。
それこそがあたかも一つの奇跡ではないだろうか。同時に、奇跡のようでありながら、何かネタがあればそれを貪欲に消費する高度資本主義社会の典型例のようでもある。
僕にはとても興味深い。

いまとなっては電車男の魅力は、この過程そのものにある。そう言っても過言ではない。
満席に近いシートを眺めて、そう思った。


さて。

「あれって実話なんですかね」。

僕の見解を記しておくと。
僕は、実話だと思いますね。多分に、本当にあったお話なのだろうと思う。

その理由は—。

書籍版の電車男を読めばわかるけど、このお話は、ラブストーリーとしてはいささか単調に過ぎるからだ。

おそらくフィクションであれば、もう少し山あり谷あり、という起伏をつけるだろう。

ところが実際には、これはきわめて順調に、ひたすら一直線に進んでいくストーリーになっている。
スレッドに集う“毒男”たちの反応—2ちゃんねる用語やAscii Artのオンパレードはきわめて面白いのだけど、それをのぞいて眺めるならば、まったく“谷”がない—電車男はエルメスを食事に誘って以後、いちども挫折していない。

つまりはたんなる幸運な男の物語なんである。

あまりに順調に事が進むので、僕は書籍を読んでいて拍子抜けしてしまった。
僕も日々、電車男並みの努力はしているつもりなのに、なぜ僕の人生にはエルメスたんが現れないのだ!?

答えは単純である。彼は幸運だった。
それだけだ。

この拍子抜けするほどの起伏のなさが、逆に信憑性を醸し出す。
だから僕は、これは実話なのだろうと思うのだ。

そして、この全く単調なストーリーをいったいどうやって映画やドラマにするのだろうと思った。

それを確かめたいという思いもあって、映画館に足を運んだわけだが。
結論をいえば、案の定そこは全く新しいエピソードを創作していたのである。

映画では、舞い上がっていた電車男がいったんくじける、という場面を作っているのだ。
その挫折から2ちゃんねらーの心温まる励ましで再び立ち直ると、電車男は全力でエルメスのもとに走る。
秋葉原の、周囲にネオンサインが煌めく交差点で二人は出会い、ハッピーエンドとなる。

ほう。

この創作のつけたしで、電車男は映画として成り立った。

もともと、オタクの恋愛というキワモノ性と、2ちゃんねらーたちの反応以外とくに面白さのなかったこの物語
それを恋愛ドラマとして一般に消費できるレベルにもっていくことは、やっぱり甘受しやすい形に翻訳することが不可欠だったのである。


“ああ、こういうふうに描くわけね”。
と、劇場でスクリーンを眺めながら、醒めた頭で僕は考えていたわけです。

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July 10, 2005

めざめの方舟

も、“萌え”だ。愛・地球博…。

seto_aichikenkan2今回は、瀬戸愛知県館のコンパニオンさんの姿を眺めていて、萌えてしまった。
7月10日、愛・地球博瀬戸会場でのできごと…。

あぁ、いかんいかんっ。

こんなふうに“萌え”とかなんとか、したためていると、また僕のキャラが誤解されてしまうわな。
ふだんはマイペースながらソツなく仕事をこなすビジネスマンを演じているというのに。

その努力が水の泡となりかねない。
ビミョーな歳頃なのだ。用心しなければ。。

って、なら書くなよっ。
ごほごほ…。


●オヤジ惑わす愛知万博

さてさて、今回も愛知万博です。

2005年日本国際博覧会。このイベントは、僕のなかではかなりなマイブームになりつつある。
このたび帰省して第2回愛・地球博ツアーを決行した。

suenohara実は5月の初め、ゴールデンウィークのさなかに大阪の友人といちど訪れたのだけど(その時のブログ)、広い会場を十分に回りきれず、もう一回行きたい気分が高まってきていたのである。

なにせこの万博、僕の実家からは第三セクターのローカル線、愛知環状鉄道で一本で行けるところでやっているのだ。地元最大のお祭り、足を運んでおかなければ損というものだ。

そういえば、会場で出会った光景なんだけど、NEDOパビリオンで行列している時に耳にした会話が記憶に残る。

僕の父親くらいの歳頃のおじさんが、パビリオンの待ち行列に一人で並んでいた。そして、近くにいる同年代の夫婦(らしき客)とこんな話を交わしていたのだ。

「万博なんてやる前はどうでもいいと思っとったけど、いざ始まってみたらもういてもたってもおられんくなってねえ…。こうして一人でたびたび来てしまうんですわ」

おじさん、ほんと楽しそうだ。地元・愛知県は小牧の人らしい。

その気持ちが、よくわかるのだ。

この博覧会は、たとえば東京の人にあえてお薦めするものではない。首都圏には、万博に足を運ぶまでもなく他に楽しいスポットがたくさんあるもんね。
でも、愛知県の人にとってはこれまでにない最大規模のイベントだ。とりわけ、こうした中高年の人も楽しみとして訪れることのできる貴重な空間なんである。

自分の人生のうちで、自分の地元で万博が開かれたら、そりゃそうだろうよ。
いわゆる中年のおじさんを、こんな子供のような純粋な気持ちにして駆り立ててしまう。むむむ。さすが万博、あなどりがたし。

そして僕も、ビビッドに反応してしまった一人といっていいんだろう。地元を離れて東京にいるからこそ、かえって見ておかなければ、という思いが強くなるのかもしれない。


●瀬戸愛知県館に萌える

ということで繰り出した愛・地球博ツアー。
今回は大学時代のヘタレな後輩、N山君と一緒に足を運んだ。

setokaijoそれで、行ってみたかったのは、まだ訪れていない瀬戸会場

いちど訪れた人から、瀬戸会場から入って、ゴンドラに乗って長久手会場に移動するルートがなかなかよかったと、聞いていたのだ。
この地・海上の森で当初、万博の開催を計画しつつ、自然保護を考えて主会場を変更した。そういうことを含めてこの万博のテーマ的なところが説明されていて、なかなかいいですよ。そんな話だった。

万博八草駅から、バスで瀬戸会場に向う。にぎわう長久手会場と違って、明らかにすいている。

そして瀬戸愛知県館

待ち時間もなく、パビリオンに入場する。
そのシアター森の劇場。森のさまざまな生き物の営みを大画面に映し出しつつ、ナレーションのなかでこの万博のコンセプトが説明されていた。

この内容。僕は、素直に感動したよ。

結局のところ、2回訪れてあちこち見て回ったなかで、このパビリオンはいちばんいいな。
派手さはないわけだけど、わかりやすいメッセージで、きちんと説明すべきことを説明しているじゃない。こういうストレートなものは、この館だけでしか見られない。

seto_aichikenkan1おすすめです。瀬戸愛知県館
けっして、コンパニオンさんに萌えていただけではないのである。

そういえば、愛知県館プロデューサーは、僕の尊敬するノンフィクション作家、山根一眞さんであるらしいですね。ほほう。

瀬戸愛知県館に続いて瀬戸日本館を見た後(なにせ、瀬戸会場のパビリオンはこの2館しかないのだ)、モリゾーゴンドラに乗って長久手会場に向う。

住宅地の上空を通る時には、住民のプライバシー保護のためという理由で窓ガラスが一瞬にして曇る
ああこのガラスのしくみは、会社のオペレーションセンターにもお客にデモするために入っていたよなあ、と思い出したりする。


●長久手会場を歩き尽くす

長久手会場では、前回見られなかったゾーンを中心にあちこち歩いた。
(どうでもいいことだけど、元来尾張のローカルな地名である長久手がこれほど注目されるのは、秀吉と家康が戦った小牧・長久手の戦い以来ではないかしらん)。

satsukitomeiまずはグローバル・コモンを散策して、前回は見られなかった国々のパビリオンを訪れたり。

サツキとメイの家…の入場券はもちろん手に入っていないので、近くの展望台から外観を眺めたり。
しかし“万国”博覧会の目玉の出し物として、国産アニメの舞台を再現して見せるって、なかなかにスゴい感覚であるよね。
世界に向けて堂々オタク大国を宣言!?

jrJR東海のリニアモータカーの車両のなかに入ってみたり。
知らなかったんだけど、これ山梨実験線の車両をそのまま持って来ているんだね。なんと理系ココロをくすぐられることじゃありませんか。

そして、なぜかコンパニオンのお姉さん方もせいぞろい〜♪
超電導リニアモーターカーと美女。実にシュールな光景であることよっ。

あともういっぺん、冷凍マンモス見に行ってみたり。
(ほんと、理系ココロをくすぐられるよなあ)。

あっちこっち行ったり来たりして、歩いて歩いて歩いた気がするなあ。けっこう疲れたがねー。
ふぅう。


●押井守のせいでどっと疲れる

今回、企業パビリオンで訪れたところの一つが地元の企業による共同出展、夢見る山だ。
そのなかの、めざめの方舟

これ、押井守の監督によると聞いた。
おおっ。そう聞けば、21世紀のオタク大国に生きる住民としては、ぜひとも見てみたくなってしまうじゃありませんか〜。
ガッ。整理券ゲット!

し、しかぁ〜し。

観覧直後。正直、なんだこれは、という思いを抱いてしまった。
むむ。万博という、老若男女が訪れる場でイノセンスみたいな映像表現を見せて、どうするというのだ!?

あの映画もかなりマニアックだったわけだけど…ここは映画館よりもはるかに幅広い年代層や趣向の人びとが何の予備知識もなく訪れるんですよ。しかも、何時間も行列した後に。

いきなり変テコな人形たちが多数陣取る部屋に連れてこられて、何の説明もなく延々と鳥の目から地表を見下ろした映像を見せられて、時間がたったらハイおしまい、とされてもなあ。
う〜ん。周りにいたおばちゃんたち、全然意味がわからず戸惑っとったがね。僕らも、おばちゃんたちほど露骨に文句垂れる勇気がないだけで、全く同じ思い。

この、愛知県の片隅で上映するにはいささか前衛的過ぎる、老若男女が相手としてはかなりミスマッチな映像作品を鑑賞した後、出口を抜けると押井守監督のメッセージが記載されたポスターが貼られていた。

oshii「この万博の話が来た当時は「イノセンス」を作っている真っ最中だったし、仕事の範疇としては門外漢だし、何より、万博ってイヤな記憶しかなくて、最初は「うーん」て感じだった。昔、テレビアニメの仕事に飽きて、つくば博だったかの、あるパビリオンの短編アニメを作ったんだけど、良かったとか悪かったとか、お疲れ様もご苦労様もなんのリアクションもなくて、それが堪えた。こんな手応えのない仕事だったらテレビのほうがいいやって。そのあともう一回ヒドイことがあって、万博には二度と近づかないことに決めてたんだけど、アニメの仕事にうんざりしてたし、話を聞きに行ったら「なんでも好きに大胆にやって欲しい」とか言われて、色気が出ちゃったんだよね。でも、フィルムとかで映像を納品して終わる仕事だったら、やらなかったと思う。それじゃいつもの仕事と変わらないし、万博の映像が批評とは無縁でつまんないということでは、懲りてたからね。」

これが、この作品についての前口上なのか〜。
なんだか、どっと疲れた。

素直に、普通に単純で、みんなが楽しめる映像でよいのに。

少々並んで整理券を手に入れて、本当は他に観覧したいパビリオンもあったのだけど、行列に並んでいると整理券で受け取った時間とかちあいそうだから、めざめの方舟のほうに来た身としては、けっこうガッカリしてしまった。

企業パビリオン、これに限らずお金はそれなりにかかっているに見えるわりに、アトラクションとしては??という内容がたまにあるので、気を置くことができないんであるよ。拍子抜け覚悟で行列しないとね。


●帰途へ

そうこうしているうちに日も暮れてきた。
この後は、NEDOパビリオンを1時間ばかり行列した後に観覧した。ここでも、展示されているロボットが“動かない”という事実に、軽く拍子抜けを覚えつつ……とはいえ、一連の映像などは無難に万人に理解される内容のものであったわけで、そこはセーフだった。

expo_night夜の博覧会会場を歩きつつ。
(パビリオンはだいたい9時まで、博覧会会場は10時まで営業している)。

モリゾー、キッコロのグッズに群がる大衆で混雑するショップで、僕らもそんな一般ぴいぷるにすっかり溶け込んでお買い物。

そして愛知環状鉄道で帰宅の途に着いた。


結局この日の最大の発見はやはり、めざめの方舟に脱力…ということではなく。
愛・地球博瀬戸会場は、なかなかによいということであった。

森を見て、萌える。ムフ。
これ、最強。

こんな醍醐味を味合わせてくれた瀬戸愛知県館。これは万博最大のアトラクションといって、過言ではあるまい。

他の人もそう感じるかというと、ちょっと保証できないけど。
まあ、でも人出も少なくまったりモードの会場だから、いいんじゃないかな。そう思いました。


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July 03, 2005

宇宙戦争

ださくてカッコ悪いトム・クルーズが、ひたすら逃げて逃げて逃げ回るお話だった。

newsweek050706宇宙戦争
おなじみ、H.G.ウェルズ小説を原作とした、映像大作である。

映画の内容は、珍しくあまりぱっとしない男を演じるトム・クルーズが宇宙人たちの攻撃から愛する家族を守りつつ、ひたすら逃げる話。
逃げるが勝ちとはこのことか。いや、負けているけどね。
(そういえば、マイノリティ・リポートでもトム・クルーズは逃げ回っていたなあ。もっとも、この映画ではカッコよい役回りだったし、話の途中から反撃に転じていたけど…)。

とはいえ、ラストはあれですよ、あれ。もはやあまりにも有名になっている原作に忠実に従っています。
これはよい…かな?

ちょっと心配するのは、小説のラストを知っている人なら納得できるけど、知らない人が見るといささか強引な幕引きに思えるかもね。
トム・クルーズ演じる主人公が娘を連れて逃げ回ってようやく街に到着すると、唐突にエンドを迎えてしまう…。ストーリーとしてはいささか尻切れトンボな印象はぬぐえない。

でもSFの金字塔である原作がそうなんだから、むやみに手を加えるよりはましなんだろうなあ。
というか、このラストを採用しなければ、ウェルズ小説を原作にしているとは言えなくなっちゃうよね。もう一つの柱、火星人が攻めてくるという設定はこの21世紀においてはいまさら採用できないわけだし。

うん。


ところで、みなさんはこの銀河に、いわゆる宇宙人と呼ぶ存在がいると思いますか?

ちょうど、OCNブログ人のなかのコーナーの一つ、ブログ人のトラ場宇宙人っていると思う?というテーマで意見を募っていた。

これによると、「いるかも?」という人は、93.8パーセント。「絶対いない」という人が6.2パーセントだそうだ。

これ、“いると思う/いないと思う”という選択肢ではなくて、“いるかも?/絶対いない”という回答のとり方なので、前者の回答が多くなるというのはわかる。
それにしても、みんな宇宙人はいると思っているわけですね。
これはやっぱり、アレですね。あの、矢追純一さんの功績といえるんじゃないでしょうか。

ふむふむ。

じゃ、僕の意見はどうか。

僕が信じていることについていうと、実は“絶対いない”派なんだな。

少なくとも、この銀河のなかにはいないだろう、と思う。

もちろん、いてほしいという思いもあるし、ファーストコンタクトものを描いたSF作品ってものはそれなりに楽しんでいるんだけど。
一方で、あくまで感覚だけど、生命の誕生や進化というのは、簡単には起こりえないのではないかと思うんだよね。それこそ奇跡の上に奇跡を重ねたような偶然の上にあるものなんじゃないかと思っている。

だから、思う。
この銀河系にいて生命が発生したのは、地球だけ。この銀河における知的生物というのはわれわれだけ。
われわれが滅んだら、この銀河における知的生物の歴史はおしまい。
それがこの宇宙の現実。
人類の責任重大。

僕はそう思っている。

もちろんこれは僕の思い込み——信仰であって、他の人がどう思うかまでは干渉しない。それに現実がこの通りという確証もない。でも、同じくらい、というかそれ以上に地球以外に知的生物が存在するということの確証もないと思っているのだ。

だから、僕の考えを改めるとしたら、そうですね、他の惑星に生物が発生した痕跡が見つかるとか、宇宙において地球以外の知的生物の活動が発見されるとか。
そういう画期的な発見があったら僕は喜んでそれまで信じていたことを捨てようと思う。


hiroiuchu昨年の夏。こんな本を読んだ。

広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由」。

「みんなどこにいるんだろうね?」
そう科学者フェルミはつぶやいたという。
このことから名付けられたパラドックス。

宇宙には無数の星が存在する。だから、地球外文明(ETC)との遭遇があってもよさそうにも関わらず、私たちは出会っていない。
これがフェルミのパラドックスで、これまで数々の科学者がこの難問に挑んできた。

この本では、著者が選び抜いた50の理由が、3つに分類されて説明されている。その3つとはこうだ。
「実は来ている」。「存在するがまだ連絡がない」。そして「存在しない」。

そして最終的に著者が抱いている考えは——。
みなさんは何だと思います?

いずれにせよこの本は、現代科学の成果を後追いできる、とても知的な刺激に満ちた書物であった。
僕が2004年に読んだもののなかで、間違いなく最も面白かった本の1冊として推薦できます。

宇宙戦争を鑑賞したら(あるいは、スター・ウォーズ エピソード3でも、はたまた矢追純一のUFOスペシャルでもよいんだけど)、ぜひこの本を書店で探して、セットで読んでみよう。

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