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August 26, 2005

ヒトラー 〜最後の12日間〜

1998年に公開された「プライド 運命の瞬間(とき)」という映画がある。

たいして話題にもならなかった作品だけど、公開当時その筋では少なからぬ反響を呼んだ。
というのも、その映画は、太平洋戦争開戦時に首相を務め、戦後はA級戦犯として東京裁判で絞首刑となった人物、東条英機を主人公に据えた映画だったからだ。

この映画は、端的にいえばアンチ東京裁判の内容で、戦争に至りそして敗戦を迎えた日本にも国家としてのプライドがあるべき、というのがテーマ。と聞くとまあアレなわけだが、実際にはその頃って、歴史観の見直しを強硬に唱える論調は、いまほどさかんではなかった。

だから、東京裁判の見方としてオルタナティブなものを示したお話として、比較的穏当に受け入れることができたように思う(ほんの7年前なんだけどね)。
なにせ朝日新聞社が発行する週刊誌アエラで、いままでと違う側面から東条英機を描いた映画が公開になったということで記事にしていたくらいなのだ。僕はそのアエラの記事を読んで映画を知り、実際に映画館に足を運んだのだった。

そうだ、思い出した! いまは結婚してワーキングマザーになっている職場の先輩女性と観に行ったのであった。
横浜の伊勢佐木町で映画を鑑賞した帰り道に、二人で歩きながら、東京裁判が“勝者の裁判”として、不当な側面がぬぐえないことを説明した記憶がある。

うーん、あまりデート向きの話題じゃないよね…。


Ganzふとそんな映画のことを思い出したのは、川崎のチネチッタで「ヒトラー 〜最後の12日間〜」を鑑賞したからだ。
まあ、枢軸国つながりで連想したわけだ。

こちらの映画はドイツで初めて製作された、ヒトラーの人間性を描いたお話という。人間性に迫ったことが、ドイツでは少なからず波紋を広げているらしかった。
実際、主役のヒトラーを演じる俳優ブルーノ・ガンツがなかなかの演技をしていてひきこまれる作品だ。彼が今回アエラの表紙(左の写真)を飾ったことも、話題作である証しなのだろう。

ヒトラーを描いたこの映画を、かつて東条英機を描いた映画と同じように僕はこのアエラで知り、見に行かなければという気にとらわれた。ちなみに今回は一人で足を運んだ。

映画そのものの感想としては、破滅に瀕した独裁者というものの狂気をうまく描いているような気がした。
それから、そういう独裁者の気まぐれに翻弄されてうんざりしつつ、それでも最後まで抗うことができず従う側近の様子も印象に残った。そこには卑近ながら、上司には逆らえないサラリーマンの身の上を重ねてしまう…。
戦場となり徹底的に破壊されるベルリン市街地の様子は、以前鑑賞した戦場のピアニストの廃墟となったワルシャワのシーンを思い出しもする。


またヒトラーの、人間としての側面を描いた作品として物議を醸し出していると聞いたのだが、その部分については取り立てて強調されるようなものではないだろうと思った。
だいたいどんな悪人だって映画の主役に据えるならば、このくらいの描写がなければお話に厚みがない。べつにヒトラーを犠牲者とか英雄とか見立てているわけでもないんだから、そこにそんなに目くじら立てずともよいんじゃないだろうか。

と思うのだけど、これほどの描写も戦後のドイツは許してこなかったとすれば、それほどに禁欲的で自省に満ちた国だったのだろうか。それはそれで感嘆はすべきことではある。

人間としてのヒトラーを描くことすら禁じるその価値観にあてはめれば、日本の「プライド 運命の瞬間(とき)」は、どうだろう。きっと、浅はかなリビジョニズムの最たるものであると轟々とした議論を呼びそうなものだ。

ただ、幸か不幸か日本の場合、ドイツとは戦争に対する見方がちょっと異なっている。
つまり、日本では政府は東京裁判の判決を受け入れながらも、民間の論調としては裁判に疑義が挟まれることがもともと少なくない。それに、東条英機はそもそも独裁者ではなかったわけで、その点でもヒトラーのように稀代の悪人に仕立てることは難しい。

そんなわけで、とくに問題作として大きな議論を呼ぶこともなく「プライド 運命の瞬間(とき)」が製作されたわけだが…。まだまだこの手の問題に鷹揚だった1997年当時の状況もあり、いかんせん映画としての出来そのものが、そんなにたいしたものでもなかったこともあり。公開当時は一部のマニアにのみ受け入れられた映画として通り過ぎて行った。


気づけば、この「ヒトラー 〜最後の12日間〜」を鑑賞したのは、戦後60年目の8月である。
そしてヒトラーのドイツと洋の東西をまたぎ、同盟を結んで枢軸国として戦争を指導したのが、「プライド 運命の瞬間(とき)」の主役、東条英機。この人は、繰り返しになるけど東京裁判のA級戦犯として絞首刑になった人物だが、そのA級戦犯を祀ってあるところにお参りに行って論議を呼んでいるのが、いまの小泉首相。

靖国神社参拝である。

今年の8月15日は、小泉首相はその靖国神社に参拝しなかった。これは、中韓の反発に加え、これから総選挙を迎えにあたって、世論の反響というものも考慮したのだろう。
しかし参拝があることを予測したのか、NHKスペシャルでは靖国関連の番組が企画されていた。夏休み中でなんとなくチャンネルをつけていたのだけど、終わってみるとそれぞれ滅法面白かった。受信料を払っていることの元はとったという感想を抱かせる番組だった。

終戦60年企画と銘打って放送された「靖国神社〜占領下の知られざる攻防」(8月14日放送)と、「戦後60年 靖国問題を考える」(8月15日放送)だ。


この放送を見て感じたことは、まず戦後60年という節目は、もう戦争そのものを振り返るものではなくなったんだなあということだ。先の大戦のなかの現実そのものではなく、その戦争をどう捉えるべきなのかという問題が、公共放送が終戦記念日に選んだネタなのだ。

むむ…。難しいところだよね。
戦争は、厳然として起こった事実である。それを題材にすれば、事実を明らかにして知らしめることとイコールであり、それはジャーナリズムの根幹の作業だといえるだろう。
しかし、そうやって明らかにされた史実をどう眺めるかは、各人の主観の問題であり、そこを突き詰めてもTV番組の枠のなかで適切な答えが出ようにもないと思う。

実際、識者の論戦が交わされた8月15日の放送は、結局のところすれ違いに終わった感は否めなかった。
とはいえ、そうやってすれ違いに終わるほどの歴史観の相違が現に存在するのであれば、それを浮き彫りする題材を、公共放送が選んだことは意味あることだとは思う。

この問題を突き詰めれば、ちょうど映し鏡のようにいくつかの論点が浮かび上がってくる。それらを挙げれば、「靖国神社という場に対する評価」「先の大戦に対する解釈」「東京裁判の見方とA級戦犯合祀の問題」「近隣諸国である中国や韓国へのまなざし」といったところだろうか。


僕もくだんのNHKスペシャルを観たり、いろいろな書き物を読んで勉強しているのだけど、これらの論点について最右翼の立場をとれば、おそらくこんな感じになるだろう。

“靖国で会おう”を合言葉に死んでいった兵隊さんたちにとって、彼等が祀られるのは靖国神社しかない。大東亜戦争は当時の国際情勢におされた自尊自衛の戦争。東京裁判は勝者の裁判であり、不当なものとして認めることはできない。また、今後も戦没者を追悼するには靖国神社以外にはありず、国立の追悼施設は必要ない。中国や韓国の反発は内政干渉であり、この問題を外交のカードに使っている。国益を考えるならばそうした反発は無視すべきである。総理大臣による靖国神社への参拝は、憲法違反ではない。

容易に与し難い部分もあるが、ストレートであり、それだけに力をもつ主張ではある。
一方、最左翼の立場をとると、こんな感じだろうか。

靖国神社は軍国主義を推進し、庶民を戦争に駆り立てた国家組織の一つであった。太平洋戦争に至る一連の戦争は侵略以外のなにものでもない。東京裁判は、当時の国家指導者の責任を問うた妥当な裁判である。またサンフランシスコ平和条約で裁判を受け入れた以上、戦犯をたたえるような行為はすべきではない。靖国神社にA級戦犯が祀られているのは大きな問題だ。戦没者の追悼には靖国神社以外の施設を考えるべきである。中国や韓国など近隣諸国には侵略や植民地支配への反省を示し、協調していくことが国益である。また、総理大臣の靖国神社参拝は政教分離を定めた憲法第20条に反し、違憲である。

ごもっともである。
戦後の日本国政府はサンフランシスコ平和条約で主権を回復したわけだし、その平和条約で東京裁判も受諾したという立場をとっているので、部分的には政府の見解とも重なるところがある。
ただこの主張には、綺麗ごとの側面しか見ていない印象がつきまとう。本気でこれを唱えれば、かえってリビジョニズムの燃え上がりに油を注いでしまうだろう。


プライド 運命の瞬間(とき)」についていうと、言わずもがな、明確に前者の立場で作られた映画だ。
前者の立場をとる時に必ず強調されるのが東京裁判の判決時におけるパル判事の少数意見…そういうわけで映画でも東条となんら縁はないのに、パル判事が重要なキャラクタとして映画に登場する。個人的には、毎度判で押したようにパル判事ばかり持ち出すのはどうかと最近は思うのだけど。でも、連合国側に他に味方となってくれる人物がいないからしかたないんだろうね。

まあ、実際にはパル判事を持ち出さずとも東京裁判に疑義が挟まれるのはむべなるかなというところがある。
現実には日本はヒトラーのような独裁者に指揮された国ではなかった。そればかりか、戦後になって戦争当時の指導者のほとんどが、内心は戦争には反対であったと唱えた。どうやら、壮大な無責任体制にあったことこそが逆に戦争を招いたのかもしれないわけだ。
にも関わらず東京裁判は、当時の国家指導者の間に明確な意図と工作が存在したとして断定している。そこに“共同謀議”が存在したとみなしているわけだ。このことがその正当性に疑問符をつけることになってしまい、結果として後者の立場も素直に受け入れられないという状況を招いてしまっている。

アンビバレント。
そう。前者の立場と後者の立場の狭間で、僕らは首尾一貫した見方をとることが困難な状況に置かれてしまっているのだ。

ちなみにそれは、靖国参拝を強行して波紋を広げることになった小泉首相においてすら、そうである。


6月2日の衆院予算委員会で、「A級戦犯に対して総理はどういうお考えをお持ちですか」という民主党の岡田代表の質問に、小泉総理大臣は答えている。「戦争犯罪人であるという認識をしているわけであります」と。

これにたまげた人は少なくなかった。とくに、右寄りの人たちにとってとりわけインパクトのある答弁だったようだ。
先に触れたように、東京裁判の正当性にはつねに疑問符がつきまとう。右派の立場をとるならば受け入れ難い。だからA級戦犯は犯罪者ではなく、靖国神社では昭和殉難者としているわけだ。

勢い余ったのか読売新聞は、社説で「国立追悼施設の建立を急げ」という社説まで掲載してしまった。そこには、「小泉首相は、いったいこれまで、どのような歴史認識、歴史観に基づいて靖国神社に参拝していたのだろうか」とある。狼狽しているのが見て取れる。

まあ、実際には政府の長として東京裁判は受け入れません、なんて言えるわけはない。
そこでたとえば、中曽根元首相はかつて政府の立場と両立させるべく、A級戦犯を切り離す「分祀」を画策した。それ自体賛否はあるにせよ、一つの筋は通したものだった。
しかし小泉さんは、東京裁判は受け入れます。A級戦犯は犯罪者です、でもその人たちを昭和殉難者として祀る靖国神社には、参拝するんです。…と、つかもうにもつかみどころのない意見の持ち主。そこには論理も何もない。矛盾を隠すために、かえって意固地になっているのかもしれない、とすら思う。

僕も、小泉という人は首尾一貫してないんじゃないかと思ってたけど(以前のブログ)、ホントにそのとおりだった。おいおいって、思わずにはいられない。


そんな総理大臣が結果として今年の8月15日に靖国神社の参拝は行なわず、代わって戦後60年にあたって談話を出した。
そこには、こんな一節がある。

とりわけ一衣帯水の間にある中国や韓国をはじめとするアジア諸国とは、ともに手を携えてこの地域の平和を維持し、発展を目指すことが必要だと考えます。過去を直視して、歴史を正しく認識し、アジア諸国との相互理解と信頼に基づいた未来志向の協力関係を構築していきたいと考えています。

一衣帯水」っていい表現だねと、正直僕は思った。まあ、関係を悪化させている張本人は誰だよって、見る向きもあるのだろうが。
とはいえ注目の日に靖国参拝をせず、こういう談話を発表する。曖昧で首尾一貫に欠けるけど、この人はなかなか機微に長けるというか、バランスの取り方を踏まえた政治家なんだなとは思う。


いずれにせよ、アンビバレントを解消できないまま、僕らは60年後の時代を過ごしている。
稀代の独裁者が戦争を指導したのでもなく、戦前から続く国家が崩壊したわけでもなく。一方で敗戦を招き、結果として自らの手で当時の指導者を裁く権利も失われ、勝者の裁きにゆだねざるをえなかった。
そうした歴史の経緯がもたらした条件が、結果として靖国問題に関し、首尾一貫した立場をとることを許さない。

ヒトラー 〜最後の12日間〜」が議論を呼ぶ国と、「プライド 運命の瞬間(とき)」が難なく上映されてその後話題にも上らない国。この違いはこうした所与の相違にある。

…と述べて締めたいところだが、映画の中身に関していうと、我が国のものは製作者側の“力み”がいささか空回り気味で、エンターティメントとしての出来は大したことなかったというのが正直なところ。

だからいま、この両作品を同じレベルのものとして比べるのはフェアではないだろう。洋の東西をまたいだ戦争指導者の映画として、あくまで僕がタイトルを思い出し、戦後60年ということに絡めて連想したことをここに書き連ねただけである。


なんだか随分と話がとんでしまったわけだけど、とにもかくにもこの、「ヒトラー 〜最後の12日間〜」は破滅をむかえんとする独裁者の行状を描き、人間ドラマとして“見せる”作品に仕上がっている。
上映時間は3時間に及びいささか冗長で、もう少し短くまとめたほうがよろしいような気もしたけど…こういう“重い”映画が嫌いではない人であればご覧になるのがとよいと僕は思います。

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