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November 27, 2005

ALWAYS 三丁目の夕日

僕は、昭和の最後の16年間ばかりを自分の人生として体験している。
愛知県の実家にいた当時。振り返ると僕の頭をとらえて離れなかった不安があった。

核戦争の恐怖。

その頃、世界はまだ冷戦のさなかだった。米国とソ連という二つの超大国が、覇権を競い世界を何度も破滅に追い込めるほどの核弾頭を保有して対立していた。

核戦争後の地球」「ザ・デイ・アフター」「風が吹くとき」…核戦争をテーマにしたテレビ番組や映画が何本も作られた。TVで放映されるそうした番組を目にするたびに僕は夜、寝らなくなり、翌日の教室は人類滅亡の話題で騒然となった。1999年7の月に空から恐怖の大魔王が降ってくるというノストラダムスの大予言は、核ミサイルの飛来を示していると信じて疑わなかった。

実際、ソ連の核弾頭のいくつかは、日本にも向けられるとされていた。その標的の一つとされていたのが、通称・刈谷の鉄塔。 米軍の無線通信設備であった依佐美送信所のことだ。
核戦争になったら、この平和な西三河に広がる田園や家々や学校は焼かれ、空にはキノコ雲が舞い上がり、放射線と火傷にやられてみんな死んでしまうのだ。みんな「はだしのゲン」の登場人物みたいな姿になってしまうのだ。

その光景を脳裏に浮かべて僕は戦慄した。そして信じられなかった。この状況の下で、大人たちはどうしてみんな安穏と生活を営んでいられるのだ?

シュールだった。あまりにもシュールな時代だった。庶民のレベルでは表面的には安穏と生活を営んでいたように見えつつも、あの時代のあの状況は多くの思想や文学、芸術に深い刻印を残していったのはたしかだ。
だいたい当時、僕が空き時間を使って帳面に描いていた漫画にも(実際には漫画というレベルになく、ストーリー性を持った落書きといった程度のものだが)、狂った米ソの首脳が核ミサイルのボタンを押し、名古屋や東京や、世界の各地にキノコ雲が上がるというオチが頻繁に盛り込まれたものだ。


それに比べて、よい時代になったものだと思う。

僕が高校生になった頃、日本では昭和がまさに終わろうとしていた時だったけど、冷戦が終結した。
米ソの首脳が握手をして核弾頭を削減する条約に署名し、東欧の国家が民主化され、ベルリンの壁が打ち壊された。ブラウン管に映るそれらの光景に、僕は感動していた。
世界は一瞬のうちに、変わってしまうことがあるのだ。しかも、よい方向へと。

あれから20年近くがたつ。
大国はいまだに核兵器を手放していないが、全面核戦争が起こるとは到底思えない。テロの心配はあるけれど、そうしたことに個人が巻き込まれるかどうかは運不運、確率の問題だろう。近隣の国ぐにとの関係悪化とか、環境問題とか、深刻な問題は横たわっているけれど、だからといって今日明日にみんなひどい目に遭うといった火急の事態にはならないだろう。

人類が、その愚かさで自らの文明の存続にトドメをさしかねない時代はもはや過ぎ去ったのだ。本当に、いい時代になったものだ。


11月27日に、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」を鑑賞する。
昭和33年の東京を再現しているということで、その映像が話題になっている作品だ。

kureyon_5こんな映画が話題になる時代に僕が言いたいことは、“前を見てイ㌔”ということに尽きる。
で、そのことについてはかつて映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」の感想のところで述べた(その時のブログ」)。

その繰り返しにもなるのだけれど、「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」は、本当に素晴らしい映画だった。この作品では5年前に既に、20世紀のノスタルジーに虜になる大人たちの姿を描いている。そしてそれだけでなく、力強い明日へのメッセージをしんちゃんに託して言わせている。「オラたちはどうなってしまうのさ〜」と。

われわれはしんちゃんたちの世代と、21世紀を生きるしかないのだ。
ALWAYS 三丁目の夕日」は、それが公開されるはるか前に、そのヒットする状況を風刺し、その独善的な論理を看破する作品が作られていた。みんな「クレヨンしんちゃん」を見て目を覚ませ。

だいたい、その時代、貧乏のなかの善意があったかもしれないけど、いっぽうで矛盾にも満ちた時代でもあった。庶民の生活の手の届かないところで米ソの対立があり、核戦争の恐怖が世界を覆っていたことは(ICBMはまだなかったかもしれないけど)上で書いた通りだ。
だから、あの時代がアプリオリによきものだったとしてとらえるのは、どうかと思う。

それに僕らはこれから、21世紀をよいものにしていかなければならない。そのモデルは過去にはない。たしかにエアカーも、チューブを走る高速列車も実現していないけれど、いまははるかにいい時代だ。それを生かさずしてどうする?

前を見てイ㌔。


と、そういう決意表明はこれで置いておくと。映画はそれなりに面白かったね。なによりこの映像は一見の価値はあることは間違いないから、鑑賞して損はないと思う。
登場人物が全て善人であるという設定には「そんなことありえね〜」との思いが頭をよぎるけど、原作が「三丁目の夕日」だからそこはいいのだ。

あと、青森育ちの純情娘にふんした堀北真希がかわいい。いままで都会の高校生役が多かったと思うけど(「ケータイ刑事銭形舞」とか)、ちょっとイメージが変わった。萌え…。
と言うていたところ職場ではまた、「誰それ?」って聞かれたんだけど。いまフジフィルムのお店で、晴れ着姿の等身大ポスターで写真年賀状の宣伝している女のコですヨ!

 horikita

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