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March 24, 2006

ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女

  Dragonquest_1


初めてプレイしたロールプレイングゲームのことを思い出した。スクリーンに広がる大地と、居並ぶ異形のキャラクターたちと、未知の世界に迷い込んで勇者を演じる子供たちの姿に、かつての自分を重ねあわせた。そう、かつてファミリーコンピュータが映し出した幻影の箱庭に、僕の魂はとりこになったんだよね。それはナルニアに迷い込んだベンジー家の子供たちと同じだった。


と、映画「ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女」の予告編を見てちょっとワクワクしたので映画館に足を運んだのだけど、観終わった感想としては正直、可もなく不可もなく、といったところだろうか。

映像は素晴らしいけど(…とまた書いて思ったけど、考えれば最近の映画はコンピューターの発達により、どれも映像は素晴らしいよね)、お話としてはちょっとアッサリしている感じ。それは、僕が頭に思い浮かべていたものが、同じファンタジーの大作—すなわち「ロード・オブ・ザ・リング」であったり、「ハリー・ポッター」であったからだろう。それらはたんなる冒険活劇ではなく、時に人の心の闇なども描いていたりして物語に深みを醸し出していたのであるが。そういった底の深さは鑑賞していて感じられない。


ナルニアへの扉は洋館のなかの古びたタンスだったかもしれないが、僕のアレフガルドへの扉は、居間にあった。こたつにこもりつつ眺める14インチのテレビ画面だった。

僕が初めてプレイしたロールプレイングゲームである、ドラゴンクエスト。困難を重ねた旅路の末、竜王の城に辿り着き、長いダンジョンを抜けた後についに宿敵の姿を目にする。しかし、その時竜王は甘いささやきをつぶやくのだ。「 わしは待っておった。そなたのような 若者が現れることを。 もしわしの味方になれば世界の半分をやろう」。ウィンドウに「はい・いいえ」と選択肢が現れた時、思わず僕らは「はい」を選んでAボタンを押してしまった…。

二次元の、粗く色数も限られたドットで構成されてた世界にも関わらず、当時の僕らはブラウン管の向こう側にリアリティを感じていた。そう、竜王の懐柔を受けると、次の瞬間世界は闇に包まれてジ・エンドとなる。冗談きついよ、と歯ぎしりするが後の祭り(ああ、魔女に調略された次男エドマンドのごときですね…)。そこにはプレイヤーの心の弱さを見越した演出があった。箱庭世界に現実の深みを醸し出すには、おそらく映像表現だけに頼っていてはかなわない。


  

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Comments

私も少し前にナルニア行きましたが子供向けですね。多分、のび太の恐竜の方がマシなんじゃあないでしょうか。
花見はやはり雨降りましたね。

Posted by: 松本 | April 04, 2006 09:55 AM

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