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June 25, 2006

ダ・ヴィンチ・コード

むかし名古屋で僕が通った大学はカトリック系だった。大学1年はキリスト教概説、大学2年はキリスト教思想とそれから哲学が必修科目だった。講義のために聖書を買ってページをめくったし、それから大学のサークル活動で受難劇を演じているクラブがあって、毎年の公演を観劇した。

僕自身はキリスト教徒ではないのだけど、だからキリスト教のアウトラインくらいには触れたと言えるのかもしれない。

これは余談だけど、キリ概やキリ思の先生は神父で概して講義の出席や試験には厳しかった。その結果として単位を落とす学生が多かったのでかえってキリスト教嫌いが増えていたのではないかと心配するのだが、僕自身はとくにそういうことはなかった。よってキリスト教に対する反発はなんら抱いていないのである。


Thedavincicodeたとえそういうアウトライン程度でもキリスト教に関する知識を持っている人のほうが楽しめるだろうなと思ったのが、今回見た「ダ・ヴィンチ・コード」だ。

逆にいうとキリスト教に関する知識がなければ非常につまらない映画なんじゃないかと思う。話題作だから、という理由だけで足を運んだ日本人は後悔するかもしれない。あるいは何がフィクションかを判断する前提がなく、素直に信じちゃったりするのかもしれない。


この原作は2年前に読んでいて、ストーリーの中盤以降相次ぐどんでん返しに「これはまさに映画向けだなあ」という感想を抱いた。実はその時に既に映画化は決まっていたのだった。

それで一般に、こういう話題作は人を誘いやすい。だから本来は女性でもデートに誘って観に行くべきなんだろうけど、話題作であるがゆえにか既に誰かと行ってしまったという人が多かった。あと実際のところを言うと、こちらから誘ってみたけど婉曲に僕とは行く意思がないことを表明する人もいて(まあ、よくあることだ。よくある)、一人で足を運んだのである。そもそも公開された当初は何かと締め切りに追われていて、映画に出かける余裕がなくてタイミングを逸したというのもある。

読んだのが2年前というのは、ほどよく細部を忘れさせてくれていて具合はよかった。でも、基本的には原作そのままの作品だったね、うん。

閑話休題。


ストーリーとしては、キリスト教世界では早い時期に“異端”とされ、同時に語り尽くされてもきたある神話を真実として扱い、それについてのメッセージが誰もが知る有名画家の有名作品の絵画のなかに隠喩として込められているという解釈を持ち出し、あれやこれやと暗号の謎解きの要素をもたせてダイナミックにしたというお話である。端的に言って途方もないウソを(まあ、ウソでない可能性もないわけじゃないんだが証明はできない)、いかにももっともらしく仕立てたといえるだろう。見事である。

この手の構造の物語は、博覧強記な作者との知のかけひきを楽しむのが醍醐味である。その分野の知識がゼロではそもそも土俵に載れないし、逆に作者より詳しくなってしまうと全く面白くなくなると思う。僕に生半可な知識しかなくてちょうどよかったのかもしれない。


 

  

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June 24, 2006

バルトの楽園(がくえん)

23日の金曜は、「世界の山ちゃんでNGNについて語る会」を開催。世界の山ちゃん神田須田町店に、ユニアデックス、KDDI、NTTコミュニケーションズの奇特な、いやユニークな面々が揃う。計6名で、名古屋の手羽先にくらいつつ情報通信業界のあれやこれやを語り合った。NGNっていうのはNext Generation Networkのことね。

とても1回だけでは語り尽くせないので、またやりましょう、ということで散会。

そして休日に入る。書籍の初校が仕上がってきて休日は校正に取り組まないといけないのだけど、久々に締め切りに追われない休日の感覚を楽しんでいるのでついつい後回しにしてしまうのであった。


24日の土曜には、池袋にて映画「バルトの楽園(がくえん)」を見た。

非常に教科書的なストーリーであった。松平健とブルーノ・ガンツが共演しているというので、重厚長大な歴史大作かと思って鑑賞にのぞんだわけだが、実際には共演しているシーンはそれほど多くなかった。バルトとタイトルにあるから、欧州大陸のどこかが舞台になるのかと思ったが、徹頭徹尾日本であった。

お話としては、第一次世界大戦で日本の捕虜となったドイツ兵たちと、収容所所長や地元の人たちとの心の交流を描いたもの。

1914年の第一次世界大戦で日本軍と戦い、捕虜になったドイツの青島駐留部隊(当時、ドイツは中華民国の領土の一部である山東半島を租借地としていたのだ)。日本の収容所に入って当初過酷な扱いに苦しめられる。しかし統合で板東収容所へ移されると、そこは収容所長である松江の方針により、寛大な待遇がはかられていた。やがて戦争が終わり祖国に帰ることになったドイツ兵たちは、松江と板東の人たちに感謝を表するため、コンサートを企画する…。


登場人物はみんな善い人である。息子が出征して戦死したことの八つ当たりを、日独混血の少女に向けるドキュンなおっさんをのぞけば、悪い人はほとんどいない。だから教科書的なストーリーと書いたわけだが、時にはこういう映画も必要だろう、と思った。

注目したのはSAYURIで、少女時代を演じていた大後寿々花チャンが登場していること。いま述べた日独混血の少女、しお役である。劇中ではドイツ人の父が戦死し、消息を求めてはるばる訪ねた坂東の地で松江を頼ることになる。

か、かわいい…(萌え)。ということでついついスクリーンに登場すると目で追って、可憐な思いにとらわれてしまう。ところがストーリー中では、戦争が終わって一人の中年ドイツ兵が引き取ってパン屋にしたいと松江に申し出る。そして松江もしおも、それを受け入れてしまう。おいおい、と見ていて思った。そんなんでいいのか!?

いたいけな少女を手元に置きたいと願う、三十代独身男…。ふつうに考えて、もっと警戒すべきではないのか。奴がロリコン趣味だったらどうするのだ。いや、絶対に何かしらの下心があるに違いない。

…と一瞬熱くなりかけたのだが、そんな思いを抱くほうが間違っているのだろう。登場人物が抱いているのはあくまで善意なのだ。教科書的な美談に、妄想はそぐわない。


そうそう、突然少女を引き取りたいと申し出るこの男の例をはじめ、劇中にはいろんなエピソードが盛り込まれているのだが、概して話を展開させるための伏線が弱いと思った。そのため個々のエピソードが印象深く脳裏に刻まれないというのが、残念なところかもしれない。

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June 17, 2006

間宮兄弟

半年ぶりに、解放された。

一切の締め切りに縛られてない休日が、僕の生活に戻ってきた。はぁああ。何にも追われていないって、え〜な〜。

ぼーっとして、脱力系な時間を過ごす。窓から見上げる天気は、曇り…。

僕が本職の傍らIT系の業界誌やWebサイトに技術解説の記事を書く活動を続けているのは、僕を知るみなさんの多くはご存知の通りだ。とりわけ、この半年間取り組んできたのが、新たな書籍の執筆と編集だった。長かった。勤務時間中には書けないので時間外や休日をそのために費やすわけだが、書いても書いても終わりそうになかった。

その書籍の原稿を、他の執筆者たちの書いた分も含めてとりまとめて、内容に手を加えて、図や写真を揃えて、この金曜日に制作会社に全て入稿を完了したのだ。全てだ! 100パーセント。もはや残っているものは、何もない。

解放された…。

このあとはできあがってきた校正刷りを確認する地道な作業がたんたんと続くのだけど、それはもはやたいした作業ではない。産みの苦しみの段階は過ぎ去ったのだ。あとはもう、本ができあがるのを待つだけだ。それは情報セキュリティをテーマにした技術書で、8月上旬に書店に並ぶ予定だ。僕にとっては、社会人になって5冊目の著作にあたる。


Samuraiblueそんなわけで、腑抜けた足取りでふらふらと街を歩く。横浜駅に出て、昼食のため回転寿しに入って生ビールを頼みぐびりと喉に通す。ぷぁあ〜、うまいっ。昼間っから飲むビール…最高だよ。

軽く酩酊しながら、街をうろつく。なぜだか赤レンガパークにあるサムライブルーパークに足を向けてしまったりする(写真)。しかし基本的にはやることもとくにないので、携帯電話を取り出して映画の時間を調べる。観たい映画は決まっていた。もう上映期間の終わりも迫っていた「間宮兄弟」だ。

新宿で1館、上映されているのを確認すると、夕方電車に乗って映画館に向かった。このシーズン最初のつっかけを足に履きながら。ちなみに帰途には雨が降っていて、この日、僕の生足はほどよく濡れてしまったのである。


ということで鑑賞した「間宮兄弟」なのだが…。

これは…イイ!

結論から言えば、なんとも僕の感性にジャストミートに突っ込んでくる映画だった。

まず主人公たちの部屋が、本でいっぱいだというところに共感を抱く(僕の部屋も本は多いのだ)。そして、女性たちにかかんにアタックしながも、器用になりきれず、ふられてしまってハッピーエンドを迎えられないという展開にも激しく共感を抱く。いいやつなのに、モテない。わかる、わかるよその気持ち…。

そういう共感をベースにしつつ、登場人物たちの会話がまた絶妙だった。その間合いとやりとりが愉快で、日常の風景を綴ったタイプの映画にも関わらず2時間ずっと楽しませていただいた。

ま、日常の機微を描く映画といっても、もちろん創作的な要素はある。最大にして唯一、この物語の根幹とでもいえるそれは、すなわち、いい歳になった男がいまだ兄弟で遊んでいるという設定だ。男二人兄弟で育った僕、映画を観ているとついつい、幼少のみぎり弟と戯れていた日々を思い出してしまう。ああ〜弟はいま何してるのかな。また遊びたいなあと、観賞後ふと携帯を手に取ってなんかメールでも送ろうかと思ってしまうのだが…。いやお互いもういい大人なんだから、と考えてとどまった。

僕らはもう大人。あの日々は戻ってこないのだ。…でも、スクリーンの向こうで二人は遊んでいる。だから、この映画はファンタジーだといえる。現代を舞台にした、ユーモラスで心優しきファンタジーなのだ。

間宮兄弟の二人には、佐々木蔵之介と塚地武雄という凸凹兄弟を配役している。ほかに沢尻エリカとか、常磐貴子とか、時に中島みゆきが出てきたりする。


おそらくDVDが出たら、購入してしまうだろう。半年間の束縛から解き放たれ、緩んだ頭で鑑賞したせいかもしれないけど、そんなふうに感じさせた映画であった。公開期間中に観られてよかった。

ついでにいうと、こんどは僕の部屋でカレーパーティーと、浴衣パーティーを催したくなってしまったのだよ。そう、やっぱり浴衣である…うーん、ええのう。たまらんのう。

おっと、季節はまさに…夏!? むむ、これは…。


 

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