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November 04, 2006

デスノート the Last name

もう10年以上前の話になる。

たしかどこかの居酒屋だったのだと思う、政治について友人たちと議論を交わしていた。その時のテーマは民主政治と独裁政治。要は、どちらが理想的な政治形態かという論議だった。まさに酒の席でなければ行わない。

僕としてはもちろん民主主義に軍配を上げたかったのだけど、その場知人が口にした一言に反論ができなかった。「でも俺思うけど、理想的な政治を行う独裁者がいたらそれがいちばんいいんじゃない」。

民主主義は非効率であり、時に腐敗する。では、やはり独裁政がよいのだろうか。

一晩考えてわかった。「理想的な独裁政治」とは、しょせんそれ自体が空想の産物なのである。架空の政治形態と、現実に存在する「非効率で腐敗した民主政治」を比較することは能わない。無意味なことである。

現実の歴史を見れば当初は善政を敷いたかのように見えた独裁政治も、その先必ず腐敗することが明らかである。民主主義にしろ独裁にしろ、一般に権力とは腐敗する危険性をはらんでいるのである。

その場合、独裁政治の最大の欠点は、それを防止するためのチェック機構や権力者を交代させる機構が用意されないことだ。一方民主主義が非効率なのは、実は権力分立や選挙といった腐敗に歯止めをかけるしくみを用意しているからである。すなわち、理想的な民主政治があるとすればそれは本質的に非効率なものであり、また理想的で効率的な独裁政治は実は民主政治より速やかにかつ深く腐敗するものといえる。

と、まるで「銀河英雄伝説」に登場するヤン・ウェンリーのようなことをかつて考えていたことを思い出してしまった。まあ実際には、この論議をした時には、やけにお説教じみたそのアニメーション作品をまだ目にしていなかったのだけどネ。

 


11月3日、文化の日。

祝日ではあるが会社で仕事がたまってきていて処理しきれなくなっていたので、休日出勤をしてこなす。といっても、休みの日に仕事をしているとテンションは伴わないもので、なかなかはかどらない。

午後遅めの時間からようやく本格的に稼動し始め、気づくと夜。予定していた業務の達成度は7割くらいなんだけど、休みの日にあまり遅くもなんだから切り上げる。

新橋駅前の書店に寄って、前から読みたいと思っていた「パックス・モンゴリカ」を買い求める。あまり知られていないことだけど、今年はモンゴル建国(チンギス・ハン即位)800年。これもそれに関連した出版なのだろう。

 


この日はもともと、仕事に早めに切りがつけば何か映画を観たいと思っていた。というのも先週は学生時代の友人の結婚式の二次会で帰省していて、観ている余裕がなかったからだ。映画鑑賞が習慣になっているので、あまり間が空くと落ち着かない。

しかし会社を出る時間がちょっと遅れてしまった。だから時間的にもうあわないなあ、と思って書店に入ったのだった。気にはなるので、書架の間をうろつきつつ携帯で映画情報のサイトを探す。するとすぐにかけつければ、川崎で「デスノート the Last name」を鑑賞できそうではないか。書店を出て電車に乗った。


妻夫木聡クンと並ぶ僕の心のライバル、藤原竜也クンが主役を演じるこの「デスノート」。数ヵ月前に何気なく観た前編がけっこう面白かった(その時のブログ)。

氏名を書き込むとその人物を殺すことができるという“デスノート”。それを死神から手に入れ、罪を問われないまま社会にひそむ犯罪者たちを抹殺して理想世界を作り上げようとする月(らいと)。犯罪者たちの不可解な死が相次ぎ、大衆はその力を持つ謎の存在を「キラ」として英雄視するに至る。その「キラ」の正体を暴き追い詰めようとする名探偵「L」。

二人が、互いに相手が目に見えないまま様々な作戦を立て、丁々発止の駆け引きを繰り広げる。前作のそんなストーリー展開に多くの観客同様、僕はひきこまれたわけだ。

いわゆる感動大作とか、ヒューマンドラマといったタイプの作品だと、思わずあえて人と違ったひねくれたような感想を口にしてしまう僕。「どうだった?」と感想を求めてきた人をして、「なに、この人!?」と惑わせてしまうことも少なくない。しかしこういうお話であれば、他人と違った感想を口にすることなく済むので、自分としても安心である。


素直に続きが観たい、と思っていて、そんなわけで後編が上映開始となって劇場にかけつけたわけだった。僕の心のライバル藤原竜也クン、若いのになかなか演技のできる役者だと思っていて、彼が月(らいと)を演じているのもまたこの映画の魅力の一つである。

あと後編に関していうと、Lを演じる松山ケンイチクンの、ひょっとこお面姿は必見ポイントなのだろう。この姿には劇場のあちこちの席から笑いが漏れていた。

僕も笑った。

うぷぷ。


ということで後編を観終わった。第二のキラが出て死神も二人になったり、これでは話が発散しかねないと一瞬思ったけど、その危惧は杞憂に終わり首尾よくまとまっているというところか。

そして、なるほどこんなラストなんだね。「the Last name」と冠したサブタイトルが然り、というところか。もっとも、鑑賞後電話で話してみた友人によるとコミックではまた違うエンドなのだという。ふむ…。これはいちど目を通してみるのがいいかもしれないな。機会があれば読むことにしよう。

 


「僕は新世界の“神”になる」

藤原竜也クン演じる月(らいと)がこの映画のラストシーンで口にするセリフ。本気でそう思っていたのか…賢いように見えて実はたんなる“イタい”やつだったんだなこいつ、とわかった瞬間である。

この月(らいと)のセリフから、僕にはかつて交わした議論の記憶がよみがえってきた。

彼が唱えるように、法律は果たして無力なのか。

「キラ」の行動は、本質的に支持されるべきものなのか。

これに対する答えは、かつて僕が導いた結論のなかに示唆されていると思った。まあ、それはきわめて個人的な回顧なんではあるが。それが冒頭に述べたエピソードである。

 

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Tracked on November 05, 2006 12:22 AM

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