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February 25, 2007

それでもボクはやってない

まだ大学生の女の子の知り合いがいるんだけど、高校時代の元カレが法学部で弁護士をめざしているという。「ぜひこの映画を見せたいんだけど、時間がないと言って見てくれないの」と言っていた。

そう思わせるのも、さもありなん、と思った。彼女の元カレは学部生ながら法科大学院に飛び級で進学できるほど優秀らしいので、その感想はぜひボクも聞いてみたいなあ、と思った。


その映画のタイトルは、「それでもボクはやってない」。「Shall We ダンス?」の周防正行監督が11年ぶりにメガホンをとった作品である。

ストーリーは、痴漢冤罪事件を素材にして法廷のありのままを描いたものなんだけど、その内容がリアルだということで公開当初より話題を呼んでいた。そういう話題作は僕もぜひ観たいと思うのだけど、なんだかんだで時間がとれず、公開から数週間がたった頃にようやく鑑賞することができた。


折りしも裁判員制度の開始が迫っており、そこはかとなく司法への関心が高まっている今日この頃。まさにタイムリーな作品であり、だからこそヒットもしたのだろうと、僕は信じている。

まあ、僕やあなたの一生のうちに裁判員に当たることがあるかというと、たぶんない。当たらない可能性のほうがはるか高いけど、万一の時に何の予備知識もなくそういう場にのぞむよりは、こういう映画でも見て司法の現実についてイメージを膨らませておいたほうがいいかとは思う。

裁判員制度も世間受けするようなタレントを使ってアピールするよりは、こういう映画を予習用に国民に推薦するべきだろう。うん。…って、正論をいえば司法の無謬性を否定する内容だから難しい、というか絶対にならないと思うけどネ。


さて、この「それでもボクはやってない」。痴漢冤罪で逮捕された主人公を追って、淡々とストーリーが進んでいく。とくにドラマチックな展開はない。拍子抜けするほどにない。ただ、裁判に予備知識のない観客を意識して、あちこちで説明的なセリフが入れられたりしている。

淡々と進む、と表現したのはこういうことだ。たとえば、主人公の周囲の人々がさんざん苦労を重ねて見つけ出した目撃者。カギを握るその目撃者が証言に立つことになる。普通ならその証言がきっかけとなって法廷劇がいっきに逆転となるのだけど、ところがこのお話ではそうはならない。裁判の次の段階に進むのみである。

あるいは弁護側が、逮捕当日の当番弁護士にその時の被疑者の様子を証言させるという奇策を思いつくわけだが、法廷で申請すると「その必要性はないでしょう」と裁判官にあっさり退けられる。

そう。普通のドラマなら話が展開していくようなポイントが、ことごとくさっくりと片付けられていくのだ。なんともかんとも。言ってみれば物語づくりのセオリーに反しているんだけど、この映画の場合は逆にそれがリアリティーを増す方向に働いているのだ。むむむ。

それが観客をひきこんでしまう。


鑑賞後、ネットでこの映画に関するブログをあれこれ探してみた。

そのなかのどこかで読んだのだけど、劇中の法廷、現実の法廷とは弁護側と検察側の位置が逆なのだそうだ。そういえば…なるほど、いままで見たドラマや映画の法廷シーンの記憶では、たしかに反対側に陣取っていますね。

そのブログではこの演出をして、日本の刑事裁判そのものを被告としたかったという監督の意図によるものと読み取っていたのだけど…。それも頷ける気がしますね。

繰り返しになるけど、冒頭のとおり司法を志す人の感想というものをぜひ聞いてみたいと思わせる作品であった。


 

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February 18, 2007

バブルへGO!! タイムマシンはドラム式

2月18日。

前の土曜日は休日出勤をしたのだけど、この日曜日は知人とラゾーナ川崎を散策する。その後ラゾーナとは線路を挟んで反対側にあるTOHOシネマズ川崎で映画を鑑賞。

タイトルは、「バブルへGO!! タイムマシンはドラム式」。

2007年のある日、偶然に開発されたタイムマシン。財務省職員の下川地(阿部寛)は、タイムマシンを発明したまま過去に旅立ち行方不明になっている女性技術者の娘・真弓(広末涼子)に秘密を明かし、こう告げる。

「頼む。17年前に戻って、バブル崩壊を止めてほしい」


僕は、1991年に大学に入学した。

僕が通った大学は名古屋なんだけど当時、質実倹約といった気質で知られるその地の学生生活にも、好景気の余波というのが押し寄せていた。

当時、様々なインカレサークルが集って開催する学祭のようなイベントがあった。その抽選で当たる景品が自動車だったことを覚えている。企業からの協賛で得たものだ。あるいはイベント好きの大学生がクルージングパーティーを企画し、男女の参加者を募っていた。こちらは柄ではないから僕はとくに参加しなかったけど。

先輩方の就職活動は、みな強気だった。国立大学である隣の名大の卒業生はもちろんのこと、私立大学で、民族学と考古学を専攻する僕の学科の卒業生ですら、一流の銀行やマスコミ、あるいはメーカーに就職を決めていた。

それを振り返ると時代はたしかに、バブルだったと思う。


個人的に、あの時代の雰囲気を象徴していると思っている映画がある。

一つは、「マルサの女2」(1988年公開)だ。1ではなく2のほうね。前作に続いて国税局査察部の活躍を描いた作品だけど、新興宗教やら土地取引やらテーマとなっていて、とにかくバブル期の東京で繰り広げられていた地価狂乱なるものがどのようであったかがよくわかる。

もう一つは、まさに僕が大学生になった歳に公開されたのだけど「就職戦線異状なし」(1991年公開)。織田裕二クンが主人公のこの作品、売り手市場のなかの大学生の就職活動がいかなるものだったかを描いている。これ、就職氷河期の当事者にぜひ観てもらって、バブル入社の中堅社員に負けないよう闘志を燃え上がらせてほしいと思っていたのだが…気づけば世の新卒採用は、団塊世代の大量退職を見越して再び売り手市場になっているのね。


 


さて、そんな時代だったわけだけど、僕が就職活動をする頃にはバブルがはじけていた。

たしか4年生の時、家に帰る途中のクルマのなかでつけていたラジオのニュース解説で、「長引く不況」という表現がされていたのを聞いた気がある。

調べてみると、中公新書でベストセラーとなった「複合不況 ポスト・バブルの処方箋を求めて」が出版されたのが1992年6月だから、その時にはバブルがはじけたという認識が世間に定着していたのだろう。

しかし、その時はまさかその先15年に渡って日本経済が苦しみ続けるなんて、想像だにしなかったわけだが。

思い出せば就職活動の最中に、東京の都銀に就職した先輩を訪ねて食事をしていたところ、「この不景気はちょっとやそっとじゃ終らないよ」と彼はつぶやいていた。その時の僕は景気不景気といえば数年単位で循環するものだと思っていたので、「まさか」と答えて信じなかったのだけど、その先輩の予測は見事正しかったことになる。

ふむ…。

どうでもいいけどその先輩の勤務先の銀行は、その後の再編で他の銀行を吸収する側に回っていまも残っている。そして先輩自身はANAのスチュワーデス、じゃなかったキャビンアテンダントの人と結婚した。表面的にみれば勝ち組。いや、名大にいた時分からスマートで頭の切れる人だったよなあ。


 


映画は単純なストーリーなんだけど、そんな過去の時代のあれこれを思い出して、面白かった。

それにしても、バブル崩壊のきっかけからもう17年か。イラクが隣国クウェートに侵攻した年であり、ソ連が崩壊する前年に生まれた赤ちゃんももう高校生ということになる。つまり、いま入社してくる新卒の社会人とか、大学生はもうバブルの記憶なんて全く持っていないってことなんだよなあ。

劇場ではその世代の観客も多かったように見えたのだけど、彼らの眼にこの映画が映し出した風景はどう感じ取られたのだろう?

そんなことを思った。

あと、この映画が話題になるゆえんには、ホイチョイ・プロダクションズのメンバーの手による製作、ということが大きいのだろう。

ホイチョイ・プロダクションズといえば、「私をスキーに連れてって」とか「彼女が水着にきがえたら」で、“いかにも典型的”なバブル期の若者文化をリードした存在だった。

その彼らが、自ら主役となって躍ったバブル経済の崩壊を題材に映画を作ったと聞けば、往時を知る人にとっては究極のパロディと映るだろう。実際僕も一人ひそかにニヤリとしてしまったクチなのだ。


ただ、家に帰ってよく考えてみると、仮にタイムマシンが発明されたとして、それを知った財務省職員が頼むことは、「バブル崩壊を止めてくれ」ではないだろうと思った。

そう、やめさせるのはバブル崩壊ではないのだ。のぞましい日本はレインボーブリッジが3つもかかった現代ではない。

冷静になって考えれば、口にするのは「バブル発生を止めてくれ!」というセリフになるだろう。日本の財政を考えるならば、そちらのほうが正しい。

しかしそれでは映画はできない。だからこの物語を成り立たせる限りにおいて、「バブル崩壊を止めてくれ」という発想は許される。まったく正しい、ということになるわけなんだが。


そこで僕が想起するのは、「失われた10年」という表現をめぐる問題提起だ。

日本の90年代は、しばしば「失われた10年」と呼ばれる。だが失われたのは10年ではなく、実は「失われた20年」ではなかったのだろうか? そんなことを、2000年に放送されたNHKスペシャル「“失われた10年”を問う」のなかで作家の村上龍さんが言っていた。

つまり本当は、70年代の高度経済成長が終わった後に方向転換するべきだったというのだ。それを石油ショックや円高不況を乗り越え、かつての記憶のままにまた振る舞って再び踊ってしまった。

成長が終わった国には、誰にも共通の同じゴールがあるわけではない。成熟した、多様性のある社会を模索するべきだったのに、それをしなかった。ゆえに失われたのは“10年”ではなく“20年”だというわけだ。

そう。だから、もしタイムマシンがあるなら、止めるべくはバブルの発生のほうをこそなのだ。


 


ところでこの映画、馬場監督がどこかのインタビューで言っていたと思うけど、できればもう少し前に作って公開するべきだったと思う。そう、小泉さんが総理大臣になった直後の頃、おおよそ5,6年くらい前ならまさに旬でありもっとヒットしていたと思う。

なにせいまや景気は回復局面、就職活動も上述の通り売り手市場だしね。時代は再びバブルだ、と馬場監督は言っていたようだけど。

やっぱりこういうネタは、状況がバブルと対極にある時にこそ出さないと…。


そういえば、映画には長銀に就職し、その後銀行が潰れたおかげで借金取りになった男というのが出てくる。

僕の記憶では長銀は潰れたのではなく、たしか国有化されたのだと思う。でも端的な表現を選べば、“潰れた”という分類に入るのかもしれない。

僕の友人にも実際に長銀に就職した男がいた。いまは幸い借金取りの身に落ちぶれることもなく、新生銀行に勤務している。つまり国有化されても、外資に売却されてもそのまま勤め続けたというわけだね。

一昨年、その友人に再会した時、彼はこんなことを言っていた。「みずみず、日本はやばいよ。これから景気が回復したら、利子が上がる。そうなると借金だらけのこの国はもうもたない」。

「この国は、これまで借金で潰れそうになると戦争をやってチャラにしてきた。でもこれからはどうするんだか」

残念ながら僕には経済の知識はない。だから彼の言っていることの信憑性や深刻さがよくわからない。でも、かつて「この不況は長引く」と予測した都銀の先輩もそうだったように、銀行にいればいろいろな経済や金融の状況が実感としてつかめるだろう。ましてや、長銀、新生銀と変化をくぐりぬけてきた男の発言だ。

うーん、もしかするとこれから本当にやばいのかなあ。そんなことを思ったのだった。


 

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February 12, 2007

マリー・アントワネット

3連休の最終日に、TOHOシネマズ川崎で映画「マリー・アントワネット」を観る。


このブログでもなんどか触れているとおり僕は歴史にはかなり関心がある。だから、歴史を舞台にした作品はできるだけ観るようにしている。

ということで、「マリー・アントワネット」も外せないと思って映画館に足を運んだわけだ。

といっても、普通の歴史映画ではなさそうだなあという気もしていた。監督はソフィア・コッポラさんということを知っていた。この人の映画を僕は観たことがあるわけではないけど(たしか東京を舞台にした「ロスト・イン・トランスレーション」という作品がありますよね)、インタビューなどを読んでいる限りでは歴史大作を撮りそうなお人ではない。

そんなところで観に行ったらやはり歴史大作というよりは、ロックのリズムに乗ってマリー・アントワネットがお菓子を食べまくるという映画だった(予告編がそうだったから、まさにその通りである)。

まあ、それがいけないというわけではなくて、歴史が舞台だからといって必ずしも重厚長大な叙事詩的作品にしなくてもいいともいえるので、これはこれで映画の作り方なのだろう。これはこれで楽しめるとは思った。

ただ、それでもあえて述べることを許してもらうなら、ちょっと中途半端かな、という気がした。スクリーンを眺めていて初めのうちは、マリー・アントワネットを宮廷の規則にがんじがらめにされ、それこそ“産む機械”であることを求められた悲劇の女性として描くのかな、と思ったら、そうでもない。

夫君がその気になってくれなくて苦労するんだけど、なんだかんだで苦労のかいあって、結果としては子宝には恵まれる。

あるいはマリー・アントワネットといえば、箱に入れられて育って世間知らずの無垢なまま王妃になって、贅の限りを尽くす、という展開がありがちな描き方。それを全否定した新たなマリー・アントワネットを打ち出してもよいと思う。実際、彼女が発したとされる、有名な「パンが食べられないなら、ケーキを食べればいいのに」という言葉を、劇中でさっくり「そんなこと言わないわ」と否定する場面がある。

とはいえ、そう口にしているだけで、そこに描かれているのはやっぱり贅沢な生活を送る王妃である。虚飾のイメージであるとして全否定するほどの果断さはない。

結局古典的なイメージとしてのマリー・アントワネットを追認することは避け、重厚長大でもなく、ポップなイメージで装いを新たにし、宮廷の悲劇の女性という側面をもったり、あるいはそれなりの賢さを抱いた女性であることを強調して、でも愛人がいたり贅沢をしたことも無視できないので、定番的な要素も加えて王妃を描きなおした映画だといえるだろうか。

うん。

あ、ちなみに登場人物はフランス語ではなく、みんな英語を喋っております。ハイ。米国映画だからそれはしかたないですね。


この3連休は、いつもなら予定がないといって嘆くのだけど、珍しく2日間にわたって人と会う約束が入ったりした。ということで、それなりにスケジュールが詰まった連休だったといえよう。たまにはこういうこともある。

でも、最後の日だけは何の予定もなくぽっかりと空いていた。そこで日中はだらだらとし、夜、映画館に足を運んで締めとしたのであった。


 

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February 04, 2007

幸福な食卓

やべ。いまの俺には、「切磋琢磨」(せっさたくま)も「臥薪嘗胆」(がしんしょうたん)も書けないな~。

そんなことを、観ていて思った。

映画「幸福な食卓」。

この作品が映画デビュー作となるらしい、主演の北乃きいの表情が初々しくてかわいい。


僕が個人的に思っていることなのだが、年々変になる一方なのが子供の名前。太郎とか花子といった名前は絶滅して久しいわけだが、最近はたとえば女の子の名前であれば、定番の○子といったものが激しく減っているような気がする。

それに対して、増えているのが耳になじみのない、まるで外国人か漫画の主人公のような語感の名前。そんなん名前にしていいの?と思うものがたまにある。まあ、具体的に挙げるといろいろ支障があるのでここには書けないけど。

ただ思うに伝統を重視することを唱えたり、祖国とは国語であると信じているような方々が、なぜ最近の命名の風潮には異論を唱えないのだろうか。抗議の声を上げないのだろうか。うーん…やはり孫がかわいくて盲目になっているのだろうか。

きいもそうだ。

なんだその名前は、と最初思った。きいってなんだよキィィッ。カギじゃないだよ。あるいは、なにやらイエローなつもりなのか? 全く奇異な名前だ、と文句の一つも言いたくなっていたのだが…。

しかし劇場に入ってスクリーンを眺めると、ご当人はなんともかわいいではないか。まあ僕からみればかなり年齢差があって(1991年生まれの15歳ですぜ!)、だから恋愛の対象になるとかそういう感覚は全くないのだが。ただ、小声で「えっ!?」とか「おっす。」とかつぶやくその姿に、ついつい萌えの感情を抱く。

ということでずばり言ってしまえば、この映画の価値の大半(85パーセントくらい)は彼女の魅力を知ることに尽きると思う。で残りの15パーセントが、家族というものが担っている役割の意味を考えさせる、ということですかね。


映画は、父親が自殺未遂をし、母親が家を出て、兄が進学をやめて農業を始めるという風変わりな家庭を持つ主人公の女子高生・中原佐和子が、同級生の大浦君と、さわやかに恋愛していく風景を描く。

でもって、彼氏と彼女が一緒に机に向かって勉強しながら、「中原、おまえ“せっさたくま”って書ける?」なんて話を向けるわけだ。二人で同じ志望校(勉強しないと入れない進学校)に挑戦して合格して、一緒に高校に通ったりして楽しい日々を過ごすのだ。

若い二人だ。

青春だ。

そして思う。俺にはそんな青春なかったなあ、と。


だいたい僕が通った高校は、進学校でもなんでもなく、中学校の成績がオール3くらいあれば狙えるところだったからなあ。

思えば中学の頃とことん勉強しなかった。頭は悪かったわけではないと思うけど(たぶん)、もともと自分の好きなことはとことんやるけど、興味がないと全く手をつけないというのが僕の性格(これはいまもたいして変わらない)。加えて当時未熟だった僕は、世の中における努力とか野心とか、そういうものの重要性を全く認識していなかった。

そんな呑気な中学生だったから、よって成績は右肩下がりに落ち、結果としてその時の内申で相応に入れる高校に進学した。その高校は、生徒の進学先を見ると大学と専門学校と、そして就職がちょうど同じ比率になるくらいのところだった。見方によっては普通の家庭の普通の子がいく、普通の高校だったので決して悪いところではないと思うけどね。

ただ、互いに向上心を持ったカップルが、それこそ“切磋琢磨”しながら青春を送るなんて光景とは無縁ではあった。あの時、日々がんばって成績を伸ばして、地域の進学校に進んだら、もしかするとこんなさわやかな高校生活を送ったのかなあ、と映画を観ていてちょっとだけ思った。もしかするとわしも勝地涼になれたかもしれん。

もっとも環境が違えど自分は自分だとするならば、やっぱりさわやかさは無縁だという気もするのであった。

きぃぃっ。


 

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