« ブラッド・ダイヤモンド | Main | クィーン »

May 04, 2007

バベル

ゴールデンウィークのゆえか、出演した日本人女優がアカデミー賞助演女優賞候補にノミネートされて事前の話題が高かったためか、はたまたブラッド・ピッドが出演しているせいか、劇場はいっぱいだった。

だけど、率直に言えばこれは万人受けするストーリーではないよね、この映画。と思いながら鑑賞したのが「バベル」。

こういう映画、僕は嫌いではないけどね。

内容としては、愛を失いかけつつモロッコを旅する米国人夫婦、モロッコの高原に暮らす羊飼いの家族、米国人夫婦の子守りをするメキシコ人家政婦、そして自分の居場所を求める日本の聾者の女子高生、という4つの話がそれぞれ別個に展開していく。それぞれの人物たちは密接に絡み合いながらも、結局は直接まみえることなどなくラストを迎える。


そもそもバベルというタイトルからして、示唆されている内容は明らかだと思うのだけど、日本は非キリスト教徒が大勢のゆえか由来がわからない人も多いみたい。

まあ知る人には当たり前の知識なんだろうけど、これは旧約聖書に登場するバベルの塔の逸話からとったタイトルですな。ええと、創世記の11章ですね。日本聖書協会の新共同訳の聖書本文から引用すれば、こんな話です。

世界中は同じ言葉を使って、同じように話していた。/ 東の方から移動してきた人々は、シンアルの地に平野を見つけ、そこに住み着いた。/ 彼らは、「れんがを作り、それをよく焼こう」と話し合った。石の代わりにれんがを、しっくいの代わりにアスファルトを用いた。/ 彼らは、「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして、全地に散らされることのないようにしよう」と言った。/ 主は降って来て、人の子らが建てた、塔のあるこの町を見て、/ 言われた。「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても、妨げることはできない。/ 我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう。/ 主は彼らをそこから全地に散らされたので、彼らはこの町の建設をやめた。/ こういうわけで、この町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を混乱(バラル)させ、また、主がそこから彼らを全地に散らされたからである。

この映画はお互いがわかりあえない人間、という主題を描いていると思うのだが、まさにそれを端的に表現したタイトルである。

そして創世記では、人類が互いを理解できなくなるきっかけとなったのは、奢りのなかで建設されたバベルの塔だったわけだが、この映画でキーとして象徴的に据えられているものは、一丁の銃ということになる。

それぞれの家族はお互いを認識できない関係にあるのだが、ただ一つ銃を介してつながっているのだ。映画の製作者が、それが世界の現実だと言いたいのかどうかは、よくわからないけど。


話がすっきりわからないので、他の人と感想を共有してみたいなあと激しく思わせる。多くの人がそれぞれの解釈を抱いたと思う。

そんななかで僕の感想をあえて記すと、この映画のなかで描かれる悲劇の起点というものは、前述の通り一丁の銃にあるのだが、その銃の持ち主がなぜ日本人なのである。なぜだろう、と思った。

物語のなかでは聾の女子高生の母が銃で自殺したことが明かされる。ちょうど今週のNEWSWEEK日本版ゴールデンウィーク合併号に世界各国の「銃器類による死者数」が掲載されているのだけど、日本は年間96人。うち殺人が35件で自殺が47件、事故が14件なのだそうだ。

特定事件の報道過多のせいで銃による事件が増えている印象もあるけど、ここは世界で最も銃の発砲が少ない国であることは間違いない。

チエコの母親は、そのわずか47件という特異なケースのわけだ。現実にはありえないと言ってよいことなのである。まあ、聾の女子高生が飲酒と興奮剤でラリって、おまけにいささか色情狂ですぐ全裸になることがそもそも同じくらいありえないんだろうけど、なんでこういう設定を日本に持ってきたのかなあ、と思う。よもや日本の観客を得たいがための便宜的なものというわけではあるまい。

おまけにNEWSWEEK誌の同記事の、世界地図上の色分けを見れば、数値は示されていないもののモロッコだって同じくらいの死者率(人口10万人あたり5人以下)である。モロッコと日本という、銃による殺人がきわめて少ない地域で生じた発砲事件を描き、一方で銃による殺人が世界のなかでも桁違いに多い米国の夫婦が撃たれる側の被害者となる。これはいったい何を意味するのだろうか…?

むむむ…。

実は、何も意味していなかったりして。


繰り返しになるけど、すっきり整理されたストーリー展開の映画ではないから、他の観客の感想や解釈、あるいは抱いた疑問というものを自ずと聞いてみたくなる。僕の感想というか疑問は上にまとめた通りなんだけど、これはいささか的外れ、筋違いなものの気がする。

そんなわけで、インターネット上にあるこの映画についてのコメントをしばしウォッチして回った。

それらのなかには参考になるものもいくつかあったし、たんに「わからない」と言っているものも多かった。最も「フムフム」という読ませてくれたのは、goo映画にあったこちらのコメントであろうか。参考まで、挙げておきます。

 新しい人間関係としての「近親相姦」
 http://movie.goo.ne.jp/review/movie/MOVCSTD10222/1_29/index.html

ああ、なるほど。そういう読み取り方ができるのね、という感じである。僕ももっと考えよう。


【追記】 舞台の一つを「ヨルダン」と記述していましたが、正しくはモロッコでした。該当の箇所をモロッコに修正しました。 2007.5.7


 

|

« ブラッド・ダイヤモンド | Main | クィーン »

Comments

はじめましてwasterと申します。
私も昨日バベルを見に行ったのですが、mizumizuさんと同じように他の人と感想を共有したいという思いにかられて書き込みしました。
銃がなぜ日本人の持ち物なのか、確かにそこは疑問ですね。
私はそこについては考えなかったのですが改めて考えるととても不思議です。
そもそも銃が日本人の持ち物でなければ日本は今回の話にリンクしなかったわけで・・・
自殺にしろ銃での自殺なんて日本じゃほとんど聞いたことすらありません。私はむしろいつか何十年後かの世界を映しているようにも思えます。うーん本当の意図は分からないですけど。
でもなによりこの映画を見てわからないと簡単に言うのではなく考えようとする人がいることが大切なんだと思います。
そうゆう意味でいい映画だと言えるのではないでしょうか。

Posted by: waster | May 06, 2007 at 11:12 AM

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/22029/14963012

Listed below are links to weblogs that reference バベル:

» 「バベル」 [SolPoniente]
「バベル」 監督 アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ壊れかけた夫婦の絆を取り戻すために旅をしているアメリカ人夫婦のリチャードとスーザン。バスで山道を走行中、どこからか放たれた銃弾が、スーザンの肩を撃ち抜く。なんとか医者のいる村までたどり着くが、応急...... [Read More]

Tracked on May 06, 2007 at 12:43 PM

« ブラッド・ダイヤモンド | Main | クィーン »